第57話 黒江と鈴木

 一郎は答えに窮し、その矛先を逸らす。

「……別にわざわざ僕なんかと関わらずとも、お前にはもう友達が居るだろ」

 だが黒江は――。

「ううん、私にも、本当の友達は居ないから……」

 やはり彼女は佐藤が近付いてきた本当の理由に気付いていたのだ。

 黒江は繰り返す。

「それに私は、鈴木君を救いたいの……。今のままは、よくない……」

「……なんだよそれ。ははっ、教祖が板についてきたな」

 一郎はつい茶化すようなことを言ってしまったが、黒江は意に介さず、真剣に続けた。

「鈴木君にどんな意図があったとしても、私は救われた。だから私は鈴木君が困っているなら助けたい。だって私が救いたいのは、鈴木君だけだから……」

「……困ってないよ」

「それならいいけど。でも……私はよくない」

「はあ?」

「鈴木君と色んな話をして、私は楽しかった」

「……ああ」

「鈴木君も楽しそうだった」

 黒江から真っ直ぐ見詰められる。

 ああ、この目。

 この目の前ではどう取り繕っても、見透かされてしまうのだ。

「……まあ」と、そう一郎は正直に答えた。

 それを見てか、黒江がこんなことを語り始める。

「最初は鈴木君が言うような教祖になろうって、本当に、本気でがんばった……」

「……」

「言う通りにしたら本当にいじめが無くなったし、いじめを再開させないためにも、必要なことだって納得もしてた。だから私は鈴木君が望んでいるのであろう教祖の姿になろうと努力したよ。……でも、何か齟齬みたいなものがあったのかな……?鈴木君の心がどんどん、私と距離を置いていくのがわかった……」

 やはり、気付かれていたか。

 確かに一郎は自分の手を離れ、教祖として相応しい偶像へと成長していく黒江に、得も言えぬ不気味さや、言い知れない恐怖を感じていた。

 黒江が何を考えているのかが、どんどんわからなくなっていく。

 その極地とも言うべき出来事が、よくないことに利用されることを承知していながら、桐田の元へ行ったこと。

 そして一郎を排除した。

 一郎に利用されていたことに怒り、それならば一郎以外に利用された方がまだマシだと、そう判断したのかもしれない。

 少なくとも一郎は黒江がそう考えているのだと、結論づけた。

 それなのに桐田の元で自身には一つも得の無い、暴力での学修会潰しを黒江の方から提案したという。

 本当に黒江のことが、さっぱりわからなくなった瞬間だ。

 どうしても一郎には、黒江が三組を大きな組織にしたいと思っているようには思えなかった。

 だが、自信を持ってそうも言い切れない。

 もはや黒江が何を考えているのかがわからなかったからだ。

 理解のできないことは恐い。

 でもわからないからと、そこから逃げていては何もわからないままだ。

 だからこそ勇気を出し、一郎は訊ねる。

「一つ教えてくれないか?……なぜ学修会潰し、あるいは吸収をやろうと思った?」

「それは……」

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