第55話 真のカリスマ
ほんのりと、明るさを取り戻したホール内。
まだ騒乱の中にあるその場で、人の波を掻き分けてステージへと向かう一人の少女がいた。
その姿はほの暗いホール内にあって、自ら発光しているかのようボウッと、ぼんやり輝いている。
いつしかそこに居た人々もその姿に気付き、誰もが言葉すら忘れて、ただただその小さな背中を目で追った。
暗く冷たい氷の上を歩くような、そんな厳かさを醸しながら、階段を一歩一歩上っていく。
まるで天から降臨したての上位者のよう、黒江朝美が登壇した。
――桐田は祝海のオーラを醸し出し、カリスマ性を高めるための仕掛けを知っていた。
本来の照明とは別に設けられた、調光ライト。
それが祝海の上にだけ降り注ぐことで、神々しさを増す。
温熱式の香を、スイッチ一つで焚くこともできた。
それも違法に、幻覚作用を誘因するような混ぜ物もされている。
カリスマを演出するための、そんな様々な秘密の機能が各施設に備わっていた。
それらを今、逆に利用している。
ただでさえ尋常ならざる黒江の持つ雰囲気が、もはや一つ上の次元にまで高められていた。
三組及び学修会員達の中には涙を流し、その姿を見る者も現れる。
あるいは祈り始める者。
直視できぬ者。
様々な反応。
だがその根底は皆、畏れと敬いの気持ちから。
誰しもが心を一つにしていた。
「女神だ」
「あれこそが、本当の指導者だ。祝海みたいな偽物とは違う」
「なんと神々しい……。オーラが見える……」
人とは打算的で、より強い者に支配されたがるもの。
弱者となった祝海に従って行くよりも、強者である黒江に引っ張って行って貰いたい…大衆とはそのように怠惰で無責任な存在である。
新参の三組信者である方が、学修会の本部に出入りできる古参信者であるよりも、もっと大きな名誉であったし、祝海の無様さに失望した直後、心にぽっかりと空いた穴を埋めるのに打ってつけな存在。
それが黒江だ。
だが、それだけでは説明がつかない。
黒江の持つ、破格の存在感という説得力。
一郎が見出だした少女は、祝海以上の器を持っていた。
カリスマに足る大器。
黒江はそれを証明していた。
もはや言葉も必要ない。
そこにいるだけで「説得」していた。
存在感がイコール説得力。
この場に居ない桐田に代わり、戸川が黒江の傍らに立ち、その考えを代弁する。
「黒江様は愛のお人だが、愚かな者までは救えない」
これは三組にとっての非信者のことを言っているのだと、学修会員達もすぐに理解した。
戸川が続ける。
「懺悔と共に改宗しなさい。我々三組は……黒江様はそれを赦します」
一斉に上がる涙の咆哮がホール内を包んだ。
それはまるで、産声のようにも感じられた。
特効室からその光景を目の当たりにした桐田は、震えながら落涙してしまう。
こんな逸材を、自身の成り上がりの道具としてこれから自在に操れるのだという事実に。
そして一郎は安堵し、涙を滲ませた。
……成功だ。
これでやっと、母さんを取り戻すことができる……!
一郎の策とは学修会員達の洗脳を解き、母を取り戻す……という単純なものではない。
それが難しいことを自身の経験から痛い程知っていたからこそ、自分達でコントロール可能である新たなカリスマを提示し、そちらに傾倒させることで学修会員を逆に三組に吸収しつつ、そこでじっくり母の洗脳を解いていこうという、地道なものだった。
もちろん桐田も納得の、ウィンウィンの内容。
しかしこの策には最大の問題がある。
学修会への暴力を提示した黒江の説得だ。
それだけが不安要素だったが、すぐに説得に当たった桐田から彼女はあっさりとこの策に乗ってくれたと聞かされ、一郎は拍子抜けしてしまうのだった。
同時に、やはり黒江の本質はあの頃から変わらないでいてくれたのだと嬉しくもなる。
こうして大改宗会は、無事三組の勝利という最高の形で成功を納めるのだった。
◇
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