第52話 一郎、立つ
桐田もその時のことを思い出しているのか、興奮していた。
「震えたね……。耳を疑ったよ……。まさかそっちから、それを言ってくるだなんて……。よくわかったよ、やはりこの少女は大器だってね……。孤独な神性を抱えた、カリスマなんだよ!」
確かに黒江は、一郎には理解不能な言動を取り始め、暴走の気配を見せていた節がある。
教祖としての成長を喜ぶと同時に、ずっと気味の悪さを感じていた。
それにしたって、黒江がそんなことを……?
どんな意図があって?
彼女はもはや、僕の知っている黒江じゃない。
そこまで変わってしまったのか……。
袂を分かってはいたが、それでもこの変貌にはショックを覚えた。
「きっと自らが統治するに相応しい規模の団体を求めてるんだろう。そして彼女にならそれができる。俺のプロデュースの下、伝説の神少女になるんだ……!」
ペラペラと桐田は気持ちよさそうに話し続ける。
「ああそうそう。教えてなかったけど、瑠璃江……佐藤も学修会員で、俺は彼女と交際してるんだ。全部わかってるから問題ないよ」
「そゆことぉ」と、佐藤も続いた。
まあ、そうだろうな。
そんなことは一郎も察している。
桐田に都合よく動いているからというだけではない。
佐藤がスパイか監視役であるという可能性を考えていない点から、それほどまでの関係。
つまり交際しているのだろうと。
だが、今はそんなことよりも、黒江の変貌の方を一郎は未だ受け入れられずにいた。
そして黒江が変わってしまったその一端に、自分も関わっていることが恐ろしく思える。
僕は自分の家族を取り戻すためとはいえ、とんでもないことをやっていたんじゃないか――と。
そんな後悔からだろうか、一郎は気付いた時にはこんなことを口走っていた。
「暴力以外の道を探れないか?」
言ってから、本当に自分の口から出た言葉なのかを疑ってしまう。
だが、意図せずに出た言葉だからこそ、そこに真実が、本心があるとも感じた。
……黒江を助けたいという表向きの理由も、あれはあれで嘘じゃなかったんだ。
利用するだけ利用し、黒江を犯罪者にすらしてしまうことにもなりえることに、今更後悔の念が湧いた。
いや、ずっと感じていたが無視してきたのだ。
暴走しているとはいえ、僕の知っている黒江の全部が消えた訳じゃない。
助けたい。
そう思っている自分に、気付いてしまった。
根尾が驚きと、怒りも滲んだ目を一郎へ向ける。
桐田もだ。
「……何を腑抜けたことを。それに今更俺が君の意見を聞くとでも思っているのか?」
そうやって言葉を返し、会話にしてしまうところはお人好しだな。
付け入る隙しかない。
きっとこいつは、僕の言葉を無視できないだろう。
一郎はこのチャンスを逃さなかった。
「聞くとは思ってないよ。僕だってそこまで甘くない。だから勝手に話させて貰う」
そう前置きしながらも、桐田が耳を傾け、興味を持つだろうことを確信しながら続ける。
「学修会に通じ、施設のことや信者達のことを熟知している桐田君が居るからこそ、暴力すら必要なく、祝海を蹴落とし、その信者を三組に吸収できるんじゃないか?吸収が最大の目的なのだから、その障害になるような暴力は振るわないに越したことはない。余計な恨みを買うし、必ず障害になる。予期せぬ問題も生むかもしれない。そうだろ?」
脅しが効いたのか、無視できずに桐田は早速訊ねた。
「……何か策がありそうだな」
もちろん一郎にも具体的な策など無い。
口からでまかせだ。
だが、あくまで含みを持たせながら続ける。
「その策が勝負のできるものになるかどうかは、桐田君の持つ情報次第だよ。……さあ、煮詰めていこうか」
きっとこうやって話をしていく内に、何らかの答えは出る筈だ。
いや、出してやるさ。
やられたままでいるものか。
懐柔してやる……!
これは一郎から桐田と、自身への挑戦だった。
◇
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます