最終章 再生の朝
第44話 裏切り
放課後、連日のように生徒指導室へ呼び出されていた一郎は、少なからず疲弊していた。
一郎が指導室から教室へ戻ると、そこで待っていた桐田に告げられる。
「これからカラオケ屋で集まって会議をするんだけど、鈴木君にも来て欲しいんだ。大部屋は取ってあるし、みんなも先に待ってくれてる」
わざわざ待っていたということは、僕が必要な話し合いということだ。
その内容すら先に聞く気力も無かった一郎は、「わかった」と頷き、共にカラオケ屋にまで向かった。
だがその一室へ入った一郎は、異様な空気を肌に感じる。
……なんだ。
雁首揃えた三組発足に携わった幹部達。
だが、その態度がおかしい。
よそよそしいどころではなく、一郎を睨んでいる者さえ居た。
何か大変なことでもあったのか?
僕に何か落ち度が?
……くそ、こんな時になんなんだ。
この時気付いたが、部屋の奥には黒江も居り、俯いていた。
黒江まで呼んだのか!?
先に桐田から議題を聞いておくべきだった……。
いや、聞かれなくてもあいつが報告するべきだろう……クソ。
田中と目が合ったが、すぐに逸らされた。
一郎は苛つきながらも桐田へ訊ねる。
「それで、これは何を話し合う集まりなんだ?」
「君を糾弾するための……だよ、鈴木君」
「……なんだって?」
そう訊き返しながらも桐田の顔を見たが、視線は合わなかった。
返事も無かったが、その代わりに誰かがICレコーダーを再生したのか、音声が流れ始める。
それは誰かの会話……ではない。
紛れもなく、一郎の声だった。
――なっ!?
しかもその相手は黒江だ。
「お前は教祖なんだからもう少し自覚して行動しろよ」
「ご、ごめん……」
「なんで勝手なことをした?僕の指示も仰がずに」
「あ、だって、い、いじめられっこのお見送り活動の、人手が足りないって聞いて、私は空いてたし、本当はそういうのも協力したくて、それで……」
「前に僕は説明したよな?そういうのは信者の仕事で、教祖がやるべきじゃあないって。忘れた訳じゃないだろ?お前がやりたいかどうかじゃないんだよ。組織としておかしなことになるだろ」
「ごめん……」
「全く、威厳も何もあったもんじゃない……いいか?二度と勝手なことはやるなよ」
「ごめん……」
ここでレコーダーは停止する。
一郎にとって、絶望的な内容だった。
そして理解する。
僕が部屋に入った瞬間の空気やみんなの反応は、これを先に聞かされていたからか……。
それにしても、また微妙に前の会話だな……。
静まり返った暗い室内。
桐田が話し出す。
「……お前と、そう裏では黒江様のことを呼んでいたんだね。随分と親しそうに話していたね。いや、偉そうにかな」
「……」
一郎は考えていた。
今のレコーダーから流れた内容の違和感について。
あれは黒江と二人きりで、神社で会って話したもの。
誰がどうやって録音したんだ?
あの場に誰かが居たとは考えにくい。
ならば、レコーダーを僕か黒江が仕掛けられたことになる。
……黒江だろう。
佐藤瑠璃江ならば黒江の通学鞄や私物にレコーダーを仕掛けた上に、それを回収することも容易かった筈だ。
……そうか。
桐田と佐藤は繋がっていて、黒江を籠絡し、ずっと僕を失脚させようと目論んでいたのか。
やはり黒江に近づけさせるべきじゃなかったんだ……。
黙ったままの一郎へ、桐田は続ける。
「一番最初に信者になったからと、自分も偉くなった気でいたのかい?鈴木君。まるで自分のもののような口調で、高圧的に黒江様へ上から指示していたね。こんなもの……到底受け入れられないよ」
そう、そうなのだ。
それに意図したものか、偶然か。
いや、偶然の筈がない。
意図したものだろう。
先程のレコーダーから流れた内容には、僕が黒江に対して教祖としての心構えを説き、高圧的に接し、コントロールしようとしているように聞こえた。
自身も一信者であるという立場も弁えずに――だ。
だが、真実は違う。
黒江をいじめから救うためにという大義の下、教祖に担ぎ上げたのは僕だ。
力関係では完全にこちらが上である。
そして桐田と佐藤が僕と黒江の会話を、少なくとも今レコーダーから流れた内容の頃から盗聴していたのなら、その決定的な秘密の会話が含まれていてもおかしくない。
それにも関わらず、あえて作為的にそういった場面ではなく、ここを切り取って流すということは――。
そこには僕だけを切り捨て、黒江を教祖とした三組は維持したいという桐田の意図が読み取れる。
桐田は僕が作り上げた三組を、黒江という教祖ごと手中に納めようとしているのだ。
やはり僕は、彼を見誤っていた。
これ程までに、野心的な男だったのか。
一瞬でもこいつに心を許した自分が情けないな……。
一郎は自分でも不思議な程、冷静に状況を分析し、内省した。
しかしそんなものは、現実逃避でしかない。
この場を切り抜ける術など無いことを、自身が一番理解しているのである。
もはや桐田の話す言葉も、耳に入っていなかった。
ハッと、正気に戻る。
一郎が気付いた時には、糾弾は次の段階へ移行していた。
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