第43話 黒江、鈴木の過去を知る

 米山は吉田ほど簡単な相手ではない。

 あしらうことは難しい、手強い相手だった。

 淡々とした口調で事実を並べ、三組の危険性や、起こりうる事態など、ネガティブな要素を語り、その上で情に訴える形で諭そうとしてくる。

 一郎は反応しなかったが、内心では黒江の気が変わってしまうのではないかとヒヤヒヤしていた。

 しかし黒江に変化はなく、ホッとする。

 だが、それも束の間。

 米山は一郎を見据え、話し始めた。

「君も新興宗教の恐さをよく知っているだろう?君のお母さんも、学修会の被害に遭って帰ってきていないだろう」

「えっ」という目を隣の黒江から向けられたが、一郎には反応してやる余裕もない。

 瞳孔が開き、汗が噴き出す。

 一郎の方が、動揺していた。

 教師達がそれを知っていることなど、わかっていたことなのに――だ。

 それにこの事実を黒江に知られることも、不味い気がした。

 最初から米山のターゲットは、一郎だったのだ。

 一郎の事情などお構いなしに、米山は続ける。

「君のお父さんも、お母さんを取り戻すために苦労して、それを一番近くで見て来ただろう?本当は宗教なんて憎いんじゃないのか?宗教が恐ろしいものになりえると、身をもって知っているだろう」

 指導室の中は冷房が効いていたが、それでも一郎のうなじから汗がワイシャツの中へ垂れていった。

 米山へ言い返す。

「……だからこそ、本来人のためにあるという宗教のあるべき形を取り戻し、見せつけたいんです。こちらは正しいことをやってるけど、学修会はどうだ?って」

 おかしなことは言っていない。

 だが、これで米山が納得しないだろうことも、一郎は理解していた。

 米山が表情を厳しくし、少し前傾しながら言う。

「根尾さんを傷つけているかもしれないのに?現に彼女は反対しているんだろう?同じ中学校出身の鈴木君は知っているはずだよ」

 これ以上この場に居ない根尾の話を、黒江も居るこの場で話すことが躊躇われたのだろう。

 米山は黒江を一瞥し、そこで言葉を止めた。

 ……助かった。

 それにまだ、根尾が協力者であることまではバレていないようだ。

 一郎は少しだけ冷静さを取り戻す。

「根尾さんと立場が似ているからといって、出す結論まで同じってことはありませんから。彼女の意見は尊重しますが、僕も考えを変えるつもりはありません」

 その決意の強さを見て、この場での解決は無理と踏んだのか、この後すぐに厄介払いでもするかのよう、話し合いは平行線のままだったが終了し、事なきを得るのだった。

 このままのらりくらりと、今みたいに適当にかわし続ければいい。

 校則に宗教的な活動を学校内外で行ってはいけないと記されていない以上、教師達は口を出す以外のことはできないのだから。

 それもエックスデーまででいい。

 確かに煩わしい問題ではあるが、大した障害ではない。

 うまく切り抜けた……とは言い難いが、ベターではあるはずだ。

 ――しかしこれが、予期せぬ問題も生むことになる。

 指導室からの帰り。

 突如黒江が先程米山のした話を蒸し返した。

「し……知らなかった。鈴木君のお母さんは、その、学修会の……」

 またか……。

 お前までその話を……。

 一郎は辟易してしまう。

「お前が知る必要は無いだろ」

「あ、そ、そうかも……だけど……」

「もういいか」

 ぴしゃりと、一郎は話を終わらせたつもりだった。

 だが珍しく黒江が食い下がってくる。

「あ、あの、もしかして、私を教祖にしたのも……」

「は?」

 ――まさかこいつ、僕の本当の狙いに気付いたっていうのか!?

 一瞬で血の気が引いた。

 黒江はなおも、確信しているかのように続ける。

「その、お母さんのた――」

「勝手な妄想をするな。迷惑だ」

 そう言葉を遮ることで、精一杯だった。

 これまでの黒江なら、こんなことはなかった。

 だが、今は違う。

 僕の知っている黒江じゃない。

「す、鈴木君は一体……何がしたいの……?」

 狼狽しながらも、一郎はなんとか言い返した。

「だから……忘れたのか?いじめの再発を抑えているんだろ?お前のために」

「……そう」

 黒江が納得していないことなど、火を見るよりも明らか。

 ずっと黒江なりに、僕への疑問や不信感は募っていたのだろう。

 それを今噴出させているのだ。

 なんとか騙し騙しでも、黒江との関係をこのまま維持しなくてはならない。

 それに何より、一郎は疲れていた。

「……ゴタゴタが全部終わったら、全て話すよ。だから今はもう、これ以上は勘弁してくれ」

 そう正直に、裏があることを白状してしまう。

 いつもの黒江なら「わかった」と、納得していなくても頷いてくれただろうが、この日は違った。

 何か言いたげに、不服そうな口元。

 その不気味な黒江の変化に一郎は気持ち悪さを感じたが、気付かない振りをする。

 ……これでいいんだ。

 もう本当に、後少しだから……。

 この後一郎は、もっと大きな問題がその足元で蠢いていたのだと知ることになるのだった。

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