第四章 奉仕活動を窓口に教えを広めちゃおう!
第28話 魂の構成物
この日の放課後、一郎は黒江の方から伏木神社に呼び出されていた。
何か話したいことがあるそうだ。
……まあ、察しはつくが。
「私が毎日お、お話するって、無理なんだけど……」
やっぱりか。
先日ファミレスで行った教義等を決める話し合いの中で、黒江が信者に向けお話をすることが決まったが、彼女はそれが負担だという。
一郎は説得を試みた。
「……少しでいいんだ」
しかし黒江も引かない。
「無理、そんなに話すこと……無い」
まあ、そうだよな。
一郎はこんな提案する。
「なら僕が前にした話を、少しずつすればいいんじゃないか?」
「い、いいの?」
「もちろん、どんどん使ってくれていい」
「じゃあ……そうする」
「ああ、そうしてくれ」
「あの、だから、もっと鈴木君の話を聞きたい。鈴木君の話……面白くて、好きだから……」
「そうか?そう言われちゃったら話さない訳にはいかないな……なんて」
そう言われ、一郎も満更ではない。
「前は繰り返す世界の話をしたんだよな……。なら今日はお化けの話をしようか」
「き、聞かせて。……ちょっと怖いけど」
確かに、夜の神社で話すべき内容ではないし、環境と状況も相まって不気味だなと一郎も感じた。
「怖いってことは、黒江はお化けを信じてるんだな」
「し、信じてない。居る訳無い……でも怖い」
「まあ、そうだろうね。それが普通だよ。ちなみに、科学は信じてるか?」
「それは……当たり前だよ」
「だったら、お化けも再現性のある現象なら信じるんだな?科学的に証明されれば」
「それは……そう」
「……話は変わるけど、人間がどうやって生まれたか知ってるか?」
「えっと……バクテリアが魚になって、り、陸に上がって、進化を続けて、人間になるって、そういうことで……合ってる?」
「うん、それが言いたかった。黒江さんは魂を信じるか?」
「し、信じる」
「おかしいね、お化けは信じないのに、こっちは即答なんだ?どっちも目に見えないのに」
「だって、無きゃおかしい気がするから……。じゃ、じゃあ鈴木君は、信じてないの?魂……」
「信じてるよ」
「えっ」
驚く黒江を余所に、続ける。
「確かに魂は目に見えない。そして僕ら人間ははっきりと目に見える物質から出来ている。色んな原子の集まりからね。……実は魂となりうる物質、魂の構成物もその中にあるんじゃないかって僕は思うんだ。生物は細胞を持っているだろ?細胞の中に魂を閉じ込めているとは考えられないか? つまり単細胞のバクテリアにも魂がある。ただし、それはぼんやりとしたもの。限度はあれど、細胞……特に神経細胞が多ければ多いほど、多細胞生物の方が自覚できる程魂が濃い。細胞一つ一つの魂が融合し、一つのくっきりとした魂となる。約五万の神経細胞が活動すれば意識が生まれるなんてことも言われてるし、関係しているかもしれない」
「だから、私達は魂を自覚できてる?」
「そうかもしれない。それと、人が死ぬと魂が抜けるなんて言うけど、あれは魂が散ってるんだと思う。細胞の数に関わらず、一つの生物に一つの魂という形を取っている以上、例えば怪我をして肉片(細胞)が本体から離れたら、そこにははっきりとした魂は宿らないということにもなる。もし宿ったりしたら魂が二つになってしまうからね。 つまり、人は死ぬと細胞一つ一つが壊れて分解されていってしまうから、魂も細分化される様に散ってしまうんだ。そして宿主(細胞)を無くし、細分化された魂はもう既に魂ではなく、魂の構成物となってしまう。更にその魂の構成物は、物質(細胞以外)に宿ることになる。 例えば土の中で植物の栄養になったり、炭素になったり、リンになるかもしれない。それらはくっついたり離れたりを繰り返し、いずれ再び生物に吸収されて、また魂を形作る。ということは総ての物質に、空気にさえも魂の源が含まれているということにならないか?そして昔の人はそれを理解していた節がある」
黒江が何かに気付いたよう、答えた。
「あっ、八百万の神って、そういう意味……?」
「じゃあお化けの話に戻ろう。肉体が死んだ後も魂が散らずに、そのままの状態を維持することができたなら、それをお化けや幽霊、または妖怪とは呼べる存在にならないか?」
「確かに……なる……。でも……」
「でもどうやってそんな不安定な状態で存在するのかって?」
こくりと黒江は頷く。
「機械は電気で動くだろ?そしてそれは人間も一緒ってことは知ってるよな?電気的な信号のやり取りで脳も神経も筋肉も活動してる。……魂もきっとそうさ。だから電磁波や磁場なんかの影響を、人間みたいにお化けも受ける。そしてそういった外的要因が、細胞壁という媒介を持たないままの魂を散ることなく、性質を保ったまま存在させる。そんなことがあっても不思議じゃないだろ?」
「……うん」
「磁場が強い場所で霊がよく目撃されるのは、磁気が魂を留めているのかもしれない。あるいはビデオテープのように、磁場が空間を記録し、再生しているのかもしれない。幽霊が白っぽい格好をしている場合が多いのは、ビデオテープが劣化して色が褪せていくようなものかもしれない」
「……面白い。そんな考え方もあるんだ……」
「まあ科学ですらない、所詮推測の域を出ない素人考えだけどね。なんとなくそれっぽく説明しただけだけど、本当にそんな気がしないでもないだろう?」
「……確かに、お化けも居そうな気がしてきた……かも……。それにこの話、前の話にも繋がってる……」
「うん、元々は別々に考えていたんだけど、どんどん繋がっていったんだ」
「面白いね……」
「そうだね。でもこれはそういう情報を恣意的に僕の脳が選び、繋ぎ合わせたのかもしれない」
「……難しい」
「なんにせよ、魂が細胞の中にあって、宇宙が閉鎖されているなら仏教的な輪廻転生も物質的に有り得る。全ての物質、原子やクオークレベルのものに魂の元があるなら、万物に神が宿る神道の考えにも通じる。お化けだっているかもしれない。世界はこの目で見えている以上に、面白いのかもしれない」
「うん……」
薄く、黒江の口元が微笑んでいるように一郎からは見えた。
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