第27話 桐田の狙い 優等生の裏の顔
慌てて一郎はブレーキを掛ける。
「……えっ、桐田君?どうかしたの?」
桐田は息を切らしながらも答えた。
「いや……話がしたくてさ……」
「話?」
今じゃなきゃ駄目なのかとは思ったが、言わずにおく。
そしてそれは正解だった。
桐田は息を整えてから、話し出す。
「……見てればわかるよ。鈴木君がコンポーザーとかフィクサーとか、オーガナイザーとか」
ドクンと一郎の心臓が大きく拍動した。
桐田は続ける。
「つまり、そういう黒幕みたいなことをやってるんだろ?」
「……」
完全に見破られていた。
それに今更、嘘は通じそうもない。
……見誤っていた。
桐田はなかなかに鋭く、賢い。
周囲から求められた優等生の仮面を被り続け、それが本性ではないことを僕に悟らせないくらいには……。
優等生は扱いやすいなんて、甘いことを考えていた自分に腹が立つ。
幸い、桐田に全てをばらしてやろうというような悪意は感じない。
一郎は覚悟を決めた。
「……このことは誰にも話してないよね?」
「もちろん!だから、俺にも一枚噛ませてくれよ」
……まあ、バラすんでなきゃ、そうくるよな。
「幹部になりたいんだ」
知られてしまった秘密を黙っていて貰う対価として、悪い条件ではない。
だが、その理由は知っておかねばならない。
「……どうして幹部になりたいんだ?」
対向車のヘッドライトに照らされた桐田の顔には、下卑た表情が浮かんでいた。
「憧れてたんだよね、こういうの。自分がカルト教団の教祖とか幹部になって、愚かな人間を操る……みたいなことをさ。でも実際、考えたところで形にまではできない。具体的な行動すら億劫だ。でも、そんな妄想は止まなかったよ」
「……優等生の考えることは恐いな。仮面の下に、そんな歪んだ性癖を隠してたのか」
「嫌な言い方するなぁ。考えるくらいなら誰だってするだろ?はは。それに鈴木君はそんな俺の気持ちもわかってくれるんだろ?だって、こんなことをやろうと考えた上に、実行までしたんだから。考えただけの俺とは雲泥の差があるよ。ああ、これは純粋に褒め言葉だからね。先に言っておくけど」
本当に、褒め言葉のつもりなのだろう。
「凄い実行力だよ。しかもそれをあまつさえ実現してみせた。俺には黒江なんかよりよっぽど、君の方が魅力的だ」
「……」
今度は進行方向へ通り過ぎていった車のテールランプが、赤く桐田を照らし出した。
その整った顔が先程以上に歪んでいる。
「この小さな教団が、大きく成長していく未来しか見えない。ゆくゆくはセレブなんかも入信してくるんじゃないか?」
そこは大きく見誤ってるな。
僕にその気はない。
なおも桐田は勝手に盛り上がっていった。
「政界や芸能界や裏社会とも、パイプができるかもしれないよ……。ビジネスの匂いがプンプンするね!」
どう答えたものかと一郎が考えている内にも、桐田は楽しそうに話し続ける。
「そうだ、セックスカルトにでもしてみるかい!?信者獲得と内向的な秘密のカルトにするのにいいと思うんだけど、どうかな?」
うっかり溜め息を吐きたくなるのを堪えた。
……こういう奴だったのか。
ヘドが出るな。
嫌悪感を顔には出さないよう、一郎は努めて笑顔を作る。
「いいね、合理的だ。麻薬を使うくらいに」
「だろう!?」
「人の脳は性行為に神と天国を実感するようにできている。日本ではオーガズムをイクといい、欧米ではカムと言う。それぞれの宗教感の違いからだ」
「……それが?」
「どういうことかといえば、日本ではあの世へ三途の川を渡って行く(イク)。でも欧米では天国から天使が迎えが来る……だからカムなんだよ」
「知らなかったよ!ならなおのこといいじゃないか!」
「だがセックスカルトにするのは駄目だ。リスクがでかい。……わかるだろ?」
「……そうだな」
見るからに桐田は落ち込んだ。
どうやらこれこそが、彼の本当の願いだったようだと気付く。
本当にどうしようもないし、幹部にしたことで隠れて暴走しないとも限らない。
それでも、この毒をもはや抱える以外の道は無かった。
……計画に予想外の出来事はつきもの。
このアクシデントも含め、うまくやり通してみせるさ。
一郎はそう、気を引きしめるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます