第26話 黒江は本物かもしれない

「あのぉ、鈴木くぅん、ちょっといいかなぁ?」

 佐藤だ。

 普段の大人しい彼女からは想像できないほど、今日は積極的だった。

 きっと黒江のオーラにでも当てられたのだろうと、一郎は思う。

「ルーティンは決まったけどぉ、宗教としての活動って何をするのぉ?」

「人助け……奉仕活動とかだろうね」

「具体的にはぁ?」

「それは追々でいいかな?」

「なら宗教名はぁ?呼び方が決まってないと不便なんだけどぉ」

「それは……今決めようか。実は僕も不便を感じてたんだ」

 これを聞いていた戸川が一郎へ訊ねる。

「また紙に候補を出して貰う?」

「いや、もう思い付いた人にどんどんアイディアを出して貰おう」

「そうね、それがいいわ。……そういうことだから、みんなも何かいい案があったら遠慮なく申し出て」

 早速、渡辺が口を開いた。

「ダークドラゴンフォース!」

 そのふざけた中二センスに、皆失笑する。

 そしてこれが発言のハードルをいい塩梅に下げた。

「真・黄金の夜明団」

「摂理の会」

「暗黒学級会」

「黒会(こっかい)」

 様々な案が出る中、黒江がボソリと溢す。

「……三組」

 そのひねりも何もない安直過ぎる名に皆戸惑っていたが、一郎は違った。

「……いいね、うん、いいよ」

「どこが」と言いたげな顔を浮かべる者達に、説明する。

「まず怪しさがなくていい。次に親しみやすく、好感も持てる。そして三って数字は、宗教的にも重要な意味があるんだ。キリスト教なら父と子と聖霊で三位一体。日本でも山岳信仰から三角や三が神を象徴する数と考えられてる。縄文時代に畏れ敬われたマムシの頭も三角形で、縄文土器にも三角文は多用されてるし。……凄くいいと思う」

「へえ」と、これを聞いた皆が納得した。

 黒江もである。

「へえ」

 ……頼むからこういう時は嘘でも知ってる振りをしといてくれよ。

 一郎は頭を抱えるのだった。

「じゃあそろそろ出ようか。もう外は真っ暗だ」

「ドリンクバーで粘り過ぎたな!」と、渡辺が笑う。

 それから会計を済ませ、ファミレスを出たところで一郎すら予期できなかった事件が起こる。

「あっ流れ星」

 その一言から、予期せぬ奇跡が始まった。

「あっまた流れた!」

「えっ、ちょっと待って凄い流れてない?めっちゃ綺麗!」

「すげぇ……奇跡だ」

「黒江様の奇跡だ!」

 真っ黒な夜の空に、降るような流星の青白い痕。

 皆口々に感動や驚きを発し、見とれてしまう。

 一郎もだ。

 こんなことって……。

 これは帰宅後に調べてわかったことだが、この日の前後に流星群は無かった。

 普通の日にたまたま、まとまって幾つかの流れ星があの時間帯に見られたのである。

 そんな偶然があのタイミングで起こった。

 もしかしたら流れたのは三つか四つで、それ以降は目の錯覚や脳内補完により、流れた気になっていたのかもしれない。

「見えた」という誰かの声に、それが見えたように感じただけかもしれない。

 あるいは皆がそれぞれに発した「見えた」の数を、流れ星が実際に現れた数としてしまったのかもしれない。

 はたまた全員が同じ幻を集団催眠的に見たのかもしれない。

 現実であったのかも、はっきりとは答えられない程に幻想的な出来事。

 でもあの場に居た者にとっては、まごうことなく現実で、真実で、そして奇跡に思えた。

 いや、奇跡そのものだった。

 そう一郎は考え直す。

 空を飛ぶ夢を見せるなどと嘯かなくても、奇跡は起こったのだ。

 ――そもそも。

 奇跡を偽装する目的で空を飛ぶ夢を利用したが、多少準備をしたとはいえ、付け焼き刃の刷り込みでここまでの人数が同日に同じ夢を見るだろうか?

 その時点で、既に奇跡は片鱗を見せていたんじゃないか?

 一郎の肌が粟立つ。

 黒江は……本物なんじゃないか?

 そう感じざるを得ない。

 何にせよ、三組の結成を祝うように流れた星が、その結束をより深めることとなった。

 この夜の流星群は何かのサイン。

 吉兆だと、一郎はそう思うことにする。

 皆の興奮も冷めやらぬ中ではあったが、あまり店舗の前で留まっていては迷惑もかかるため、このまま現地解散しようと一郎は言い、その手本でも見せるかのよう駐輪場へ向かうと自転車の鍵を開けてスタンドを蹴り、さっさと帰路に就いた。

 街灯も点々と少ない田舎道。

 時々通りがかる車のヘッドライトの方が、余程道を照らしているように思う。

 夜の闇に車輪の回転する音と、タイヤが地面と擦れる音だけが響いていた。

 そんな中、もう一つ後ろから、ペダルを必死で漕ぐ音が近付いてくることに気付く。

「鈴木君、少しいいかな」

 桐田だった。

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