第25話 カリスマの片鱗

 これ以外にも、意見を二分するような案が出る。

 それを出したのは、意外にも不良の塚原だった。

「敵を排除するってのはどうだ?」

 皆ぽかんとしてしまう。

 恐る恐ると言った風に、渡辺は訊いた。

「ええと、敵って……?」

「敵っつったら敵だよ。外の奴とか。今話したばっかだろ、悪い奴もこれからは入ってくるかもしれないってよ!」

 呆れながら、戸川が一郎に訊ねる。

「暴力は禁止という案が採用されたし、これはスルーでいいわよね?」

「待って、これも大事な気がするんだ」

 それを聞いた戸川は目を丸くし、再確認した。

「話し合うの?」

「うん、矛盾はするけど、議論の余地はあるように思う」

 自分でも馬鹿なことを言ってしまったと思ったのだろう。

 塚原は不貞腐れながら言った。

「……別に無理しなくていいぞ」

「無理なんかしてないよ。塚原君の案を聞いて、本当にそう思ったんだ。例えば……そうだな、万が一かもしれないけど、みんなの身に危害が加えられるような事態になった場合、限定的に……とか」

 桐田が頷く。

「超法規的措置みたいなものか」

 渡辺も続いた。

「仲間を守るためならいいんじゃない?」

「でも暴力は……。それでもいけないわ」

 そう反対した戸川に、遠藤も同意する。

「ウチも反対」

 意見は見事真っ二つに別れ、小康状態に陥った。

 そこで一郎は打開のため、黒江に意見を求める。

「黒江様、どう考えますか?」

 どちらでもよかった。

 必要とあらば、教義を無視してでもやる時はやるように、自分が黒江を通して導けばいいだけだ。

 緊急事態、非常事態の、特別な措置だとか言えば、その場でどうとでもなるだろうと。

 そう考え、一郎は形式的にお伺いを立てたに過ぎなかった。

 端から理由をつけ、誘導しながら自身の案を通すつもりでいたのだ。

 しかし、黒江の返答は――。

「せ、戦争について、調べるって宿題が、小学校の時に出た。経験者が身近に居るなら、話を聞くようにって、先生が言って……」

 一体何を言おうとしてるんだ?

 皆、黙って彼女を見詰め、次の言葉を待つ。

「私の、死んだおじいちゃんは、あ、海兵で、戦争に行ってた。甲板で掃除をしてる時、米軍の戦闘機が突然来て、機関銃が走るように向かってきて、隣に居た親友が一瞬で蜂の巣にされて、真っ赤になったって……」

 その黒江の祖父の体験談には、リアルな生々しさがあった。

 彼女は息を整えてから、続ける。

「おじいちゃんは言ってた。戦争は絶対にしちゃいけないって。……でも、戦争は必ず外からやって来る。だからそのための準備をしなくちゃいけないし、戦争をするなら絶対に負けちゃいけないとも言ってた。平和は次の戦争までの、準備期間でしかないって……。つまり、何が言いたいのかっていうと、自己をあらゆる武器で守ろうとしない制度は、事実上自己を放棄している。自殺を望んでいるも、同然ということ」

 途中から黒江はおどおどもせず、吃りもなく、その話す姿は堂に入っていた。

 一郎すら見とれてしまう程に――。

「平和は剣によってのみ守られる。生きるための権利は、捨てるべきじゃない」

 限定的に暴力を容認する意思を、はっきりと示した黒江。

 皆、完全に「説得」されていた。

 渡辺が呆けたように呟く。

「なんか今の、すげー教祖っぽかった……」

 遠藤も。

「黒江さんて、話うまかったんだ……」

 藤咲も。

「わかる!もっと色々聞きてみたい!」

 こうして教義に、三組やその仲間が攻撃を受けた際は限定的に暴力も辞さないという『自己防衛』が加わった。

 更に教義とは別に、一日に一度は信者へ向け、黒江が何かお話をするということも決まる。

 もっとも当の黒江は嫌がっていたが――。

 他にも教義を皆で読み上げる、朝の会というホームルームのようなことをやることにもなった。

 これと対をなす終わりの会では、先程黒江が話した祖父の戦争体験を忘れないためにも、「戦争は必ず起こるということ」「平和は次の戦争までの猶予、準備期間でしかないこと」と暗唱することも決まる。

 それは奇しくも終末思想的で、一郎の思惑通りの展開となっていた。

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