第14話 新興

 根尾に皆から視線が向けられる。

「そんなのたまたまでしょ。それかプラシーボ効果じゃない?藤咲さんがそう思い込んだだけ」

 これに藤咲はムッとした様子で言い返した。

「思い込みで治った気になっただけかどうかは私が一番わかってるから。思い込みには限度があるでしょ?今試合くらい動くから!」

 そう言って藤咲は机の並んだ通りの間で、ステップやダッシュ、ジャンプもしてみる。

 スカートから下着が覗くこともいとわずにだ。

 デモンストレーションを終えると、根尾を見詰めながら言う。

「もう足は痛くないし、違和感もないよ。治ってる。全治二週間の怪我が、まだ一週間しか経ってないのに」

 しかし、根尾も引かない。

「そういうこともあるんじゃない?一日で治ったならともかく、二週間が一週間になったくらいで……。そもそも、あまり重い怪我じゃなかったのかもね。それか医者が見当違いをしたか、やぶだったのよ」

「何それ……。自分はお医者さんでもないのに、根尾さんはわかったように言うんだね」

「まあね。魔法みたいな力を使えるなんてのたまう黒江よりはマシでしょ?とにかく、私は信じないから」

 そう言われてしまい、藤咲はもう何も言い返せなかった。

 皆が心のどこかで黒江のことを本気で信じ始めていた。

 そして疑ってもいた。

 だが現在の概ね黒江に好意的な雰囲気から、疑いを表立って口に出す者はいない。

 根尾、ただ一人を除いて。

 ……これでいい。

 一郎はこういう存在が現れることも当然予想し、その上で計画を練っていたのだ。

「もしプラシーボ効果なのだとしたら、それはそれで凄くないかな?」

 驚きに満ちた皆からの視線が一郎に注がれる。

「だってそうじゃないか?黒江さんの声や仕草には、それをもたらす力が確かにあるってことだよ?凄いことだ。普通じゃない」

 そういう考え方もあるのかと、多くのクラスメイト達が思わされていた。

 一郎は続ける。

「もっと言えば、黒江さんがいじめられたり普通じゃない経験をするのも当然だったんだ。……みんなも無意識に感じてたんじゃないか?彼女はどこか特別だってことを……。正直に言えば、僕もそうだった。ずっと恐かったんだよ。黒江さんの一挙手一投足が、重大で決定的な何かをもたらしそうで……」

「馬鹿じゃないの、考え過ぎでしょ」

 そう根尾は反論したが、追従する者は現れない。

 一郎は黒江に向き直った。

「黒江さん」

「な、何……?」

「きっと君は人を率いたり、導いたりするべきなんだよ。人助けのためにも」

「も……もしそんな力があるなら、人助けに使いたい……けど……」

「なら僕はそれに協力するよ。信者として」

 俄に周囲がざわつく。

「信者って」

「宗教かよ」

「馬鹿じゃない」

 そんな声が数人から聞こえたが、どうでもいい。

 それよりも多くの言葉を発しない者達の方が重要だった。

 彼らは黒江を信じ始めていたが、馬鹿にされることは嫌で、黙ったのだろう。

 あるいは黒江を馬鹿にすることでバチが当たるのでは?

 信じるまではいかなくても、そう考えた者も居るはずだ。

 信じる者も畏れを抱く者も、どちらも本質は同じ。

 一郎の術中に嵌まっていた。

「……宗教か。それもいいのかもしれない。――僕はあなたを信じ、ついていきます。黒江様」

 一郎の宣言は教室内に沈黙をもたらす。

 田中も引いていた。

「黒江様って……」

 そんな中、藤咲が続く。

「あの、じゃあ私も入る!黒江様!」

「え、困る」と、黒江がつい本音を漏らしたが、それを一郎は許さない。

「……さっき人助けをしたいって言ったのは、嘘だったのか?」

「う、嘘じゃないけど……」

「なら決まりだ。一人より大勢の方がいいし、大勢で活動するなら名前のついた団体になった方が分かりやすいし、動きやすい。いいよね?」

「あ……うん」

 一郎から有無を言わさぬ圧力を感じた黒江は、そう頷かざるを得なかった。

 根尾が吐き捨てるように告げる。

「宗教とか馬鹿じゃないの。勝手にすればいい。気持ち悪い」

 こうして黒江を教祖とした宗教が、この紫峰高校の教室で誕生した。

 彼女へのいじめは、未だ再開していない。

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