第13話 プラセボ

「黒江さん、私の足を治してよ」

 ざわつく教室。

 黒江の席の前に立ち、そう言ったのは藤咲京子。

 想定していたとはいえ、ここまでうまくいくものかと一郎は驚いていた。

 黒江は一郎が用意していた返事を告げる。

「ふ、負担が大きい……。そういうのは……」

 まず一度は断るが、きっと藤咲は食い下がるだろうことが予想できた。

 実際に藤咲は悲痛な表情と声色で、なおも懇願を続ける。

「お願い……。力があるんでしょ?今週土曜に他校との練習試合があるの。そこで補欠の子が結果を出せば、私レギュラー外されるかもしれない……」

「やってやれよー。できないんだろ?負担とか嘘つくんじゃねーよ」

 加藤純奈だ。

 彼女は黒江の不気味な力に対し、かなり苛立っていた。

「でも……」

「でもじゃねぇよごちゃごちゃうるせぇな!いいからやってみろよ。できるんだろ?カードが当たっただか知らんけど、調子乗んなよ」

「……」

「黙ってんなよ!」

「……わかった。や、やる」

「ほんと!?」

 藤咲は今にも怪我をした足で飛び上がりそうな程に喜んだ。

「ありがとう黒江さん!」

「い、いえ」

「ふん」と、加藤は面白くなさそうに顔を背ける。

 藤咲は興奮しながら訊いた。

「それで、怪我は今すぐ治せるの!?」

「す、すぐには無理。でも、試合には間に合う」

「十分だよ!」

「あ、じゃあ、足見せて。怪我をした方」

「うん!」

 黒江の横へ移動し、包帯の巻かれた痛々しい足首を持ち上げる藤咲。

「これでいい?」

「あ、うん。動かさないで……」

「わかったよ」

 黒江は藤咲の足首に手を近付け、直接は触れずにゆっくりと撫でるような仕草を行う。

 しばらくそうしてから、訊ねた。

「……あの、ど、どう?あ、温かくなってる?」

 これに対し、藤咲は――。

「なんか、温かいかも……」

「よ、よかった、効いてる……」

「ほんとに!?よかったぁ」

 手を限り無く肌に近付けることで、藤咲の脳には視覚情報から触れられているも同然だと伝わる。

 更に脳は経験から、そこに体温を錯覚。

 実際に足首と掌では後者の方が放熱の度合いが高い。

 それに掌は発汗が特に多い場所でもあった。

 よって手と足首の間の僅かな空間で湿度が高まり、放熱がより伝わり易くもなる。

 錯覚だけでなく、本当に温かくなっているのだ。

 それに少なくないオキシトシンが分泌され、精神的要因からも温かいと錯覚、もしくは実際に体温が上がったのかもしれない。

 とにかくこの行為はスピリチュアルなものでは決してないのだが、少なくとも藤咲はそうだと思い込んでいた。

「……試合当日まで、これを毎朝やるけど……」

「お願いします!」と、藤咲が頭を下げる。

 こうしてこのインチキ治療行為は金曜まで続き、クラスメイトはそれを疑惑の目で眺めていた。

 だが土日を挟んだ月曜。

 今度はそれらが驚きの目に変わる。

 着席する黒江の両手を取り、泣きそな笑顔を浮かべ、藤咲が感謝の言葉を述べていたのだ。

「ありがとう黒江さん!日曜日、試合に勝てたよ!朝起きたら足の違和感もほとんどなくて、監督に言って出して貰ったの!全部黒江さんのお陰だよ!」

「藤咲さんが、が、がんばったから……」

「それもだけど、怪我を治してくれたからだよ!」

「あ、うん……」

 照れて俯く黒江へと、今だと言わんばかりに一郎も言った。

「あの、僕も信じるよ黒江さんの力のこと……。それと鍵が見付かったお礼言ってなかったけど、ありがとう。遅れてごめん」

 堀内も続く。

「あの、カード、レア当ててくれて、ありがとう……」

 すると、それを見ていたクラス内カースト一位の根尾鈴芽(ねおすずめ)が突如としてこう吐き捨てた。

「馬鹿らしい。さすがに見てられないわ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る