第5話 教祖になれよ
ずっと俯いていた黒江の顔が、少し上向く。
厚い前髪の間から、確かに一郎を見詰めていた。
「お前の認識できる程度の範囲に限った世界なら変えられる、きっと。そしてそれは、そう難しいことじゃない」
「……本当に?」
「いじめを終わらせよう」
「で、でもど、どうやって?強者として振る舞うとして、それって具体的に、どうすればいいの?」
「……簡単さ。教祖になれよ」
「は?」
「宗教を作ってさ」
「……全然、意味がわからない。おかしいよ」
「話は簡単だ。僕ら日本人は祟る存在を神として祭り上げることで鎮めるのみならず、そのエネルギーをポジティブに変換し、還元……利を得ようとすらしてきた。全ては信仰によって。世界を見てもそうさ。キリストだって認められる前には、排斥される時期がある。通過儀礼が必要なんだ。そしていじめを受け続けてきた君には……その余地がある。可能性が……素養があるんだ。黒江さんには。奇しくも辿っていたんだ、その道を……」
「私は……ただいじめられてきただけで、そんな凄くない……」
「でもいじめを終わらせたいだろう?」
「それは……そう……だけど……」
「なら言うことを聞いてくれ。絶対にいじめは終わる。信じて」
「……」
「少なくとも僕は本気で、このやり方でいじめを終わらせられると考えてるよ。後は黒江さんが僕を信じてくれるだけでいい。それでいじめは終わる」
黒江には決断するまでに、少なくない時間が必要だった。
だがやがて、頷く。
「……わかった」
その瞬間境内を囲む鎮守の木々の梢が一斉にざわめき、二人の間を風が吹き抜けた。
いつしか傾いていた太陽を背負う形になっていた黒江の前髪が持ち上がる。
逆光の中にあって、その目だけは力強くはっきりと見えた。
黒江は先程から自身をブスだと評していたが、それは周囲から掛けられてきた心無い言葉を真に受けていたからだろう。
その時一郎は彼女をとても美しいと、神々しくすらあると感じていた。
教祖としての要件を満たし、有無を言わせぬオーラを纏い、美貌すら兼ね備えている。
静かに、だが確かに興奮していた。
やがてみんなも、熱狂することになるだろう。
黒江朝美というこの得体の知れなさを秘めたクラスメイトに――。
慌てて黒江が、前髪を手で抑えた。
「……見た?」
「見たよ。そっちだって目が合っただろ?」
「……ごめん」
「なんで?」
「前にド、ドブの濁ったような目って言われたから……」
なるほど、それをコンプレックスに感じて、前髪を伸ばしてたのか。
「強い意思を感じるような、綺麗な目だったよ」
「嘘だ」
「見る者によってはさ、ドブに浮いた油でさえ、虹のよう美しく感じるんだよ」
「……無理して褒めなくていい」
「今のは例えが悪かったな」
「でも」
「?」
「ただ綺麗って言われるより、少しは信じられる……」
「ははっ、ひねくれてるな」
確信に近いものを感じる。
きっと既に皆、黒江に魅入られているのだ。
あるいは関わってしまった時点で、僕も魅入られて……。
カリスマに仕立てあげようとした少女は、その必要が無いくらい最初からカリスマだった。
自分に御しきれるような馬ではないかもしれない。
でももう、後戻りはできない。
そう強く、運命めいたものを一郎は感じるのだった。
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