第3話 才能

 一郎達は近くの伏木神社に移動し、入り口に自転車を停める。

 境内へは階段を登らねばならないため、ここならば外を通る者から見られることもない。

 そこで一郎は拝殿前にぽつんと一つだけあるベンチに腰掛けたが、黒江は少し離れた位置に立っていた。

「……座れば?」

「いい」と速答される。

 慎重になる気持ちはわかるけど、こっちも落ち着かないんだよな。

 そうは思ったが、まずは彼女の意見を尊重した。

 だが、黙っていることもできない。

「さすがに疑り深過ぎだぞ」

「あ、私みたいな陰の者は、陽の者と相容れないし……」

「僕が陽キャに見えるとか、こじらせ過ぎだ。そもそも陰と陽は隣り合っているし、なんなら内包し、されてる。一緒に居たっていいだろ?」

「へ、屁理屈」

「お前の理屈に合わせたんだけど……まあいいか。本題に入ろう」

「なっ、なんで」

「えっ」

「なんで……なんで、私の、味方をしてくれるのか……知りたい。先に……」

「ああ」

 それもそうかと、一郎は納得する。

「黒江さんに興味が湧いたっていうのはあるかな」

 バッと、黒江は胸元を隠すように両腕を交差させた。

「その貧相な胸に用はない」

「じゃあ……なんで?」

「才能を感じたんだ」

「……なんの?」

「他者を煽動する才能」

「は?」

「この一ヶ月、僕はそれを目の当たりにさせられた」

「……私が、みんなにいじめをさせているって言いたいの?」

「結果そうなってるんだと思う。そもそも僕は君を助ける気はない。確かにさっきはそう言ったけど、君は自ら助かるんだ」

「……」

「黒江さんはとても凄いナイフを持っているのに、今はその柄ではなく刃を握っている」

「意味がわからない」

 いじめはいじめられる方も悪いという暴論がある。

 いじめられる方にも原因の一端はあるという当然のことを、いじめをする側が利するようあえて声高に主張する者も多い。

 だが結局は、安易ないじめという行為に及んだ者こそが遥かに悪いのだ。

 だが彼女、黒江に関してはそれが当てはまらないのかもしれない。

 一郎はそう感じざるを得なかった。

「説明するよ」


 呪われるぞ。

 祟られる。

 ケガレる。

 菌が付くぞ!

 うつされた菌を誰かにうつせ!


 日々教室は、間違いなく黒江を中心に回っていた。

 彼女が歩けば人が避ける。

 それも机ごと。

 神が今まさに世界を構築するかのよう、ガタゴトと音を立てて。

 黒江はさぞ歩きやすいだろうと、いつも一郎は笑いそうになってしまう。

「もはや皆が君を畏れ敬っているようにも見えたよ」

 モーセかキリストの御渡りでも目の当たりにしたかのようだった。

 ……いや、実際にそうなのかもしれない。

 浮き立った存在感が、人々の上を歩いていく。

 そう見えた。

 黒江の表情、視線の動き。

 それらは目が合った者に、全て見透かされたと思わせたことだろう。

 目など合わずとも、弱者の生存戦略として、強者の一挙手一投足に注目し、その意図を読み解こうと試みる行為に似ていた。

 いじめ加害者達はきっと、被害者になることを恐れたのだ。

 何もされてない内から――。

 だから動物的本能が本当の強者に真の力を出させまいと、押さえ込んだのだろう。

「そんな恐怖がいじめの根底にあったのではないかと、僕は気付いたんだよ」

 呆れた顔で、黒江は一郎を見下ろしていた。

「……考え過ぎ」

「そんなことはない。それを確かめてみないか?」

「……やめとく」

「自信が無いか?」

「……ある訳無いでしょ。つまり今の話の流れからすると、私に強者として振る舞えってことになる……」

「そうだよ。伝わってよかった」

「そんなの絶対に……無理。余計にいじめが酷くなるに、決まってる……」

「ならずっとこのままでいいんだな」

「……それは」

「僕にはお前がそろそろ限界のように見えた。自殺という手段が何度も頭を過ったんじゃないか?」

「……」

「こんな僕の話に付き合ってくれるくらいには、追い込まれていた。他者との関係にも飢えていた。違うか?」

「……」

「だったらこのまま、最後まで僕に付き合ってみないか?どうせいじめはこのまま放っておいても解決しないんだ。この機会に賭けてみないか?」

「……」

 もう一押しか。

 一郎はここで、あえて話題を変える。

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