異世界人情屋台ーおでんがウマすぎて、勇者も魔王も常連さんー

月園まる

今夜のお客さんは、魔王さん

屋台を始めて15年。気づけば、俺も還暦を過ぎた。


結婚もして、子供もできた。そして、会社倒産からの離婚・・・人生色々あった。長いようで短い。あと、何年生きられるか分からないが、今は、できることをやるだけだ。まずは、今夜の仕込みからだ。


リヤカータイプのおでん屋台ごと、異世界とやらに転生して、かれこれ3年か。最初は大変だったが、今は慣れたもんだ。


屋台を引っ張って、道沿いに構える。街の中でやることもあるが、基本は道中だ。

営業は、夕方から。

リヤカーの前に、丸イスを三つ並べる。

今夜は、どんなお客が来るだろう?そもそも来るのか?・・まぁ、来ても来なくても、趣味でやってるようなもんだ、どっちでもいいんだがな。


辺りが暗くなって、『おでん』と書かれた提灯ちょうちんの灯りが、ぼんやり灯りだした頃、最初のお客が来た。


「オヤジさん、こんばんは。」


「おぉ、魔王さん、まいど!今夜は、一人かい?」


「あぁ、今、新しい拠点探しの最中で、遠征に来てるんだ。部下たちは、近くで野営してるんだが、おれだけ抜け出して来たよ」


「はは、いっしょに連れてきたらいいだろうに?」


「オヤジさんには悪いが、連れてきたところで、ここには座りきらないし、それに、今夜は一人で飲みたくてね・・」


「そうかい。・・なに飲む?」


「いつものやつで」


魔王さんは、ウチの屋台を見つけると、必ず立ち寄ってくれる常連さんだ。年齢は、50036歳と言ってたか。だから、こっちも年を聞かれた時、50063歳と言っている。


「はいよ」


魔王さんは、日本酒が好きだ。『魔王ごろし』、この銘柄が特にお気に入りだ。今夜も熱燗あつかんで出す。


猪口ちょこに注いで、グイッと飲み干す。


「・・はぁ」


魔王さんは、大きく溜息をついた。


屋台の端に置いてあるラジオからは、AMラジオが聞こえてくる。不思議なことに、ラジオだけは現代日本とつながっているようで、昭和の歌謡曲が流れてくる。


四角い仕切りのついたおでん鍋から、《ちくわ》と《こんにゃく》、それに《たまご》を皿に取り、おつゆをかけて差し出す。湯気が立って、熱々だ。出汁のいい香りが漂ってくる。


魔王さんは、ホフホフといいながら、《ちくわ》を頬張った。上手に箸で食べるのは、さすが常連さんだ。


「・・・もうね、嫌になった」


「嫌になったって?」


「魔王やめたい」


「どうして?」


「・・おれは、孤独だ。生まれてからずっと一人だし、きっとこれからも一人だ。誰にも愛されたことがないし、愛することもないだろう」


「部下がたくさんいるじゃないの?」


「あいつらは、ただ付いて来てるだけで、別に、強ければ誰でもいいんだよ」


「そんなこともないと思うけど・・」


魔王さんは、下を向いて、黙りこくる。そして、また日本酒をグイッと飲む。


「人間はいいよな。愛だの恋だの、人生とやらが楽しそうだ。勇者のやつだってそうさ。仲間もいて、守ってくれる人もいる。そのうち結婚なんかもしてさ。それに比べて、おれはどうよ?」


「人間も色々あるよ」


「色々あるだけ、まだマシだよ。おれには何もない。ただ戦って、そして嫌われて、やれ、邪悪の化身だの、悪の根源だの、って叩かれる。もうたくさんだ、こんな人生!・・おれなんか、生まれてこなければ良かったんだ」


「魔王さん、たしかにアンタが生まれてこなければ、世界は平和だったかもしれない。でも、代わりにまた別の魔王が現れる。この世界はそういう仕組みだ。みんながやりたくない役をアンタがやってやってるんだよ」


「・・・・・そんな大したもんじゃないよ」


おでんの煮込みもひと段落したところで、俺もコップに一杯、焼酎をいただく。


「孤独は辛いよな。わかるよ、俺も同じだから。」


「オヤジさん・・・」


「毎日毎日、おでんを煮るしかない人生だ。きっと、このまま、一人で死んでゆくだろう。・・ただ、アンタがここに来て、おでんをウマイ、ウマイって食ってくれる。それだけで十分だ。それだけで、俺は幸せさ。」


「うぅ・・」


「ほら、冷めちまう、早く食べな」


こらえていた感情があふれてきたのだろう、魔王さんは、鼻をすすりながら、大粒の涙を流した。


誰でも、そんな時はある。今夜は、『魔王』という鎧を捨てて、好きなだけ泣いたらいい。おたまですくった熱々の大根を、魔王さんの皿にのせる。出汁がしっかり染み込んで飴色になっている。


それを一口して、魔王さんは言葉をもらした。


「・・う、うまい・・グスン・・」


「寂しくなったら、いつでもここに来な。うまいおでん食わしてやるから」


「オヤジさんのおでんは、心も体も温めてくれるな。ははは・・少し元気出たよ」


「おっ⁉︎」


気付けば、魔王さんの後ろに、部下の魔物が立っている。アンデッドの骸骨騎士とリザードマンだ。


「魔王さん、後ろ」


「ん?」


「「魔王さま・・・」」


「おまえたち、いつから、そこに・・・」


「お、オレたち、魔王さまを尊敬してますから!心の底から、慕ってますから!魔王さま以外の主人には仕えるつもりもありません!嘘じゃないです!だから、だから・・・うぅ・・」


二人は涙をこらえている。『鬼にも涙』という言葉があるが、魔物にも涙はある。


「・・・おまえたち、そんなに俺を・・・」


魔王さんは、立ち上がり二人を抱き寄せた。


「ごめんな。こんな弱い魔王で・・・ごめんな」


「「魔王さま!」」


俺まで、もらい泣きしちまったじゃねぇか。酒がまわってきたかな。それとも年のせいか。


「オヤジさん、俺、こいつらと一緒に頑張るわ!勇者倒すよ!こいつらのために!」


「・・・勇者を倒すのはどうかと思うが・・・まぁ、とりあえず、頑張んな!そして、疲れたら、またここに来ればいい」


「オヤジさん、ありがとう」


「ささ、二人も座って。うまいおでん食わしてやるよ!」


「「あざーーースッ!」」


ー異世界のすみっこで、今夜もおでんのいい匂いが立ち込める。そこは、人間も魔族も関係なく、誰もが気軽に立ち寄れる人情屋台だったー

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