Side:最上咲


 後輩からイヤホン一体型のワイヤレスマイクを渡される。

 私はそれを耳にかけて皆の前に立ち、一つ深呼吸してから話し始める。


「ご機嫌よう、みなさま。生徒会長の最上咲です。今日は私たちのためにこんなにも素晴らしい席を用意してくれてありがとうございます――」


 思えば人前に立つのに慣れたものである。

 最初は「ご機嫌よう」の挨拶さえうまく言えなかったが、生徒会長に推薦され、今では「お姉様」として憧れの的になっている。

 私は男であるのに。

 マガイモノのニセモノなのに。

 私は「私」の幻想を打ち砕き、「俺」に戻らなければならない。


「……最後になりますが、みなさんに一つ謝らなければならないことがあります。私は三年間、重大な隠し事をして、みなさんを欺いてきました。それをここで告げようと思います」


 ざわつく生徒たちを無視して続ける。


「私は――」


 喉を絞って声のキーを上げていたが、それを元に戻す。


「俺は――男だ!俺、最上咲は男なんだ!本来、女子校にいてはいけない人間だ!ましてやお姉様なんて崇高な存在じゃない!信じられないか?なら、証拠をばっちり見せてやるよ!俺が男のな!」


 俺はその場でブレザーを脱ぎ去った。

 スカーフを外し、ブラウスのボタンを全部外した。

 ブラジャーとパットを投げ捨てて真っ平らの胸をあらわにする。

 最後にスカートを落とした。

 ボクサーパンツ一丁になった俺は息を吸って声を張り上げた。


「これで分かっただろ!俺は男だ!」


 凍りついた会場。

 最初に動き出したのは一人の女性だった。

 この学院の学院長である叔母の最上雪だ。


「ちょっ、ちょっと、何やってるの!咲くん!」

「叔母さん……ごめん……」

「ごめんじゃないわよ!ああ、もうっ!とにかく、こっちに来て!」


 俺は叔母に引きずられるようにして会場の外へ連れ出された。

 途中、萌香、月、小毬のいつもの生徒会メンバーが見えた。

 どいつも愕然とこちらを見ている。


「今までありがとう。これでお別れだ。元気でな。じゃあな」


 俺は笑顔を作って矢継ぎ早にそう告げた。

 胸に刺す痛みを誤魔化しながら。



 Side:姉小路萌香


 あれからどれくらい経ったでしょう、いまだ思考がまとまりません。


「……お姉様が、男?」

「……うそ」


 そんな月と小毬のつぶやきが会場全体へさざ波のように広がっていきます。

 私自身、足元の地面が崩れ落ちるくらいショックですが、生徒会副会長としてこの場を収めなければ、と止まっていた頭を無理に動かします。

 ここには多感な年頃の女子が大勢います。

 一歩間違えれば、大変な騒動になることは目に見えています。

 私が彼女たちにかける言葉を選んでいると、スピーカーから声が聞こえてきました。


『どういうつもりなの!咲くん!』


 学院長の声です。

 おそらくお姉様のワイヤレスマイクが拾っているのでしょう。

 学院長は最上の性で、お姉様の叔母に当たります。

 当然、お姉様が男であると知っていたはずです。


『あと何日かで卒業だったじゃない!あそこには生徒はもちろん、先生方もいた!このままだと咲くんは退学処分になるわよ!』

『……』

『「女子校に入れ」なんて父のふざけた遺言を真面目にここまで守ってきたのに、どうして今更!』


 遺言?

 学院長の父ということはお姉様にとっての祖父。その方の遺言?

 お姉様の事情を一言も聞き逃すまいとスピーカーに全神経を集中します。

 月も小鞠も、他の生徒たちもいつの間にか黙って聞いています。


『……叔母さんには悪いと思っている。あ、よく考えたら叔母さんも退職になるかもしれないじゃん』

『ほんと今更ね。でも、私のことはいいのよ。今は咲くんのことよ。咲くんが男であることはすぐに広まるわ。学校外にもね。そうなると、モデルの仕事だってできなくなる。今までは男という性別込みで使ってくれていたけど、女装で女子校に通っていたなんて悪いイメージがつくともう使ってもらえないわ。借金はどうするの?』


 お姉様は忙しい学業の合間にモデルをしており、つい先月は有名ファッション雑誌の表紙を飾りました。私たちは見開きのお姉様の姿に大興奮したのですが、お姉様はそれを見て苦笑いするだけでした。

 借金のために嫌々やっていたのでしょうか。

 お姉様の家の財政状況が苦しいのはなんとなく分かっていましたが、お姉様があまり話したがらなかったですし、私たちもプライバシーに配慮して調べることはしませんでした。


『あー、いよいよ、カニ漁船かな』

『その時は私も乗るわよ。学院長は辞めさせられるだろうし』

『いや、マジごめん。男だってカミングアウトすなら今日しかないって考えしか思いつかなかった』

『それだけ自分を追い込んでいたのね』

『そうかもな。カミングアウトするにしてももっと穏当な方法があったはずだし、そもそもこんな卒業前にやることじゃあない。けど、俺はこのまま卒業しちゃいけないと思った。俺はマガイもだ。性別も、言葉遣いも、所作も、何もかも偽ったニセモノだ。そんな俺を皆、お姉様なんて慕うんだぜ?言われるたびに辛かった。友達もたくさんできたが、その絆はお姉様の最上咲のもので、俺のものではない。はは、俺の三年は一体何だったんだろうな……』 


 しんと静まり返った会場。

 お姉様のすすり泣く声と学院長の「お疲れ様」と労る声だけが響きます。

 私の脳裏に最後に見たお姉様の悲しげな笑みがよみがえります。

 お姉様の隠し事は許されざることでしょう。女装して女子校に通うなんて前代未聞です。

 でも、お姉様は一つ勘違いをしています。

 私は――いえ、私たちはお姉様の外見だけで「お姉様」と慕っていたのではない。その称号はお姉様のかけてくれた温かな言葉が、優しい心が、陽だまりのような笑顔が、私立橘女学院の全生徒に認められた証なのですから。

 たとえお姉様でもこの侮辱は我慢なりません。


 もう一度、お姉様に会わなければいけない理由ができました。

 一方的に断ち切られた絆を結びなおすために――。

 そして、胸に秘めたる想いを男の最上咲に伝えるために――。


 私はここに集う全校生徒の前に一歩踏み出しました。

 皆を見回せば、お姉様への悪感情は感じられません。

 これならいけるでしょう。


「生徒会副会長、姉小路萌香が宣言します。只今から生徒会臨時総会を開きます。議題はお姉様、最上咲の学院の退学と『お姉様』の称号剥奪の是非について――」

 


 Side:最上咲


 学院長室に隔離された俺はソファに背中を深く預けていた。

 何もやる気が起きない。

 まさに「燃えたよ……真っ白に……」の状態だった。

 今頃、叔母は釈明に奔走しているのだろうか。

 叔母の迷惑を一切考慮外だったのは不覚だ。この三年間、色々フォローしてくれたのに。特に体育の着替えとか。体に手術痕があるからという理由でここでやっていた。

 ちなみに、手術痕があるのは本当だ。

 ドアがノックされる。叔母が帰ってきたようだ。


「どうぞー」

「失礼します」

「失礼するわ」

「……失礼する」


 入ってきたのは叔母ではなく、もう二度と会うこともないと思っていた生徒会メンバーの三人だった。

 

「お前らなんで……いや、なんで会ってそうそう目をそむける?」

「それはその、お姉様のお体を思い出してしまい……」

「殿方の裸なんて家族以外では初めてなんだから仕方ないでしょっ。ましてお姉様のなんだから」

「……ナイス筋肉だった。特にお姉様の腹筋はダンチ」


 俺はその反応に苦笑しながら、萌香、月、小毬の順に見る。


「まだお姉様って呼んでくれるんだな」

「当たり前です。私たちがお姉様をお姉様と呼ぶのはそれがお姉様という理由だけではなくお姉様がお姉様だからこそお姉様と呼んでお慕いしているのですよ」

「なんだその怪文。とりあえず慕ってくれているのは伝わったけど……」

「信じられませんか?」

「当たり前だ、俺はみんなを騙してきたんだぞ」


 俺はそう言い捨てる。

 そんな俺に萌香が胸に抱えていた紙の束を差し出す。

 そこには氏名とクラスがずらりと書かれていた。


「これは……」

「お姉様の卒業を求める嘆願書です。生徒全員分あります」

「まさか、そんな……」

「私たちの思いの強さが伝わりましたか?私たちが紡いできた絆は決してニセモノなんかではありません」


 嘆願書を見る視界がぼやける。

 慌てて目をこすった。


「これを教師陣に提出してお姉様の卒業を認めてもらう方向です。私たちの決定に教師も嫌とは言えないでしょう。お姉様のモデルのお仕事や借金のことに関しては私たち三大財閥がバックアップします。これからどうするのが最良か一緒に考えていきませんか?」


 借金のことをどうして?

 疑問に思っていると、萌香が耳を示すジェスチャーをする。

 迂闊にもワイヤレスマイクをつけっぱなしだった。

 すぐに外してオフにする。

 校長室はお別れ会の会場から離れているから今の会話は聞かれてはいないだろうが、一応。


「いいのか?お前らの家に迷惑をかけるかもしれない」

「お姉様はもっと私たちのことを頼ってください。私たちはお姉様の本当の姿をもっと知っていきたいのです」

「そうか……やっぱり、みんなのこと大好きだ」


 三人の優しさに胸が温かくなる。

 この三人と友達になれただけでも女子校で女装したかいがあった。

 生涯、この絆は大切にしたい。

 そう感慨にふけっていると、三人がおもむろに近づいてきて。

 そして――、


「はい。私も貴方のことを愛しています。ちゅっ……これで両想いですね」

「萌香さん、抜け駆けは禁止ですわよ。ちゅっ……これからは咲さんとお呼びしても?」

「……このビッグウェーブに私も乗るしかない。ちゅっ……あい、らぶ、ゆー」


 代わる代わるキスされた。


「さあ、お姉様、行きましょう。まだお別れ会は終わっていません。皆、お姉様のことを待っていますよ」


 突然の出来事に呆然とする俺を三人が引っ張っていく。

 明るいその顔はまるで蛹から蝶が羽化したかのごとく華やいでいて、俺がこの三年間で一度も見たことのない表情だった。


 俺はお嬢様学校でお姉様になってカミングアウトに成功したが、どうやらまだ女心は分からないらしい。(Fin)



(あとがき)

 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 女装男子ハーレムものいいですよね。いつかは長編を書きたいですが、ネタに詰まる気しかしない。作者にも女心がインストールされていないので(笑)。

 また機会があれば拙著の作品をよろしくお願いします。

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主人公(♂)がお嬢様学校でお姉様になってカミングアウトに成功する話 あれい @AreiK

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