第6話 釣りに行こう




「わあ……たった一個の魔石でこんなに、これが神龍バジラウス様のお力……」


 ミラの言う通りにやっていくうちに、俺もすぐ魔石を使えるようになった。

 魔石に触れて目を閉じると、瞼の裏にキラキラした糸が見えてくる。それをたぐり寄せる力が強いほど、少ない石で魔術を具現化する力も強く、ミラによればバジラウスのそれは人間とは比べものにならないほどの規模らしい。

 慣れればわざわざ粘土を用意しなくても勝手に土と水が混ざって接着剤ができあがり、さらに石が自動に積み上がるようになった。

 広々とできあがった浴槽を見たミラは「お城の姫様になったようです!」と喜んでくれた。

 しかし風呂以上にミラを感嘆させたのがトイレだった。


「わあ! このトイレはみ取りをしなくても、勝手に綺麗にしてくれるのですか!?」

「魔石で動く浄化槽を作ったからな。ミラと俺だとサイズが違いすぎるから、今から俺用のでっかいのを作るよ」

「わ、私のを先に作ってくださったのですか。あ、ありがとうございます……」


 ミラは一瞬ハッとなった後、赤面した顔を手で覆い隠して走り去ってしまった。


「……次は食糧だな」


 嗅覚を使うようになって分かったが、俺が美味しそうと思う生き物は皆バカでかくて、美味しくなさそうと思う生き物は皆小さい。

 俺の近くなら敵に狙われないという安心感もあるのかもしれない。

 だから尾長鳥たちは物怖じせずに俺を止まり木にしてくるが、尾長鳥を狙う鷹に似た猛禽類もうきんるいは俺を見た途端一目散に逃げていく。

 だが生憎俺にも翼がある。飛び上がっただけで突風が巻き起こって小動物も怖がって逃げ出すので、あまり飛びたくはないが、地対空ミサイルの如く口から炎を吐いて火事を起こすよりはずっとマシだ。


 猛禽類と角牛に似た魔獣を狩って持って帰る。

 戻るとミラが石のナイフで食べられそうな葉を刈っているところだったので、俺も手伝ってバサバサ刈った。


「神龍様のご加護をこんなに近くで受けられて、本当にありがたいです。こんな立派なお家とご馳走、とびきりの王宮魔術師が何人いてもできるかどうか……」


 獲ってきた肉と野菜を炎のブレスで焼いてから爪で切り分けてミラにもあげると、ミラはしみじみとした震え声で両手を合わせて祈りを捧げた。

 俺は塩があったらもっと美味いのにな、と思ったが口に出すほどではなかった。


「いやいや、家はミラが魔石の使い方を教えてくれたおかげだから」


 石で囲いを作り、その中に葉っぱを何重にも敷き詰めて大小それぞれのベッドを作る。


「肉に果物、野菜と来たら次は魚だな。明日は魚を獲ろう」

「はい! 私は木の枝で釣り竿を作りますね。小さい頃から家族とやったんです!」


 石を砕いて作ったランプもどきの炎を吹き消し、二人そろってぐっすり寝た。





 〇 〇 〇





 ハレヤ国城、尖塔せんとうの中の一室にて。

 フードを深く被り、水見師の恰好をした者二人が互いの顔も見えないまま小声で、しかし力強い語気で話している。


「雨が降った。計画を次の段階へ進めるぞ」

「仰せのままに……」





 〇 〇 〇





 翌日、朝から魚を獲りに来たのだが、これが想像以上に難しい。

 直接炎のブレスで焼き殺すのは川全体に悪影響だし、なるべくスムーズに最小限の動きで捕まえられるようになりたい。

 流れが緩やかな岩場で、熊が鮭をとっている姿のイメージで両手で魚の群れを囲もうとしたのだが、二、三回やってるうちにすっかり俺の腕が届かない岩底に逃げられてしまった。


 熊が簡単そうに水を引っかいて鮭を掴みとってる図柄は、きっとその前に熊が事前にいろいろしてるから成功しているんだろうが、大自然生活二日目の俺にそんな野生の知恵が回るはずもなく。

 梅花藻ばいかもに似た白い花を浮かべた水草が何層も影を作り、あわよくば何かいるのではと目を凝らしてしまうがせせらぎの音の他に得られるものはなかった。


「バジラウス様~釣り竿ができました!」


 ミラが長い糸をくくりつけた木の枝を握って駆けてくる。糸の先には魔獣の角を砕いて小さくした針がついており、素朴ながらも立派な釣り竿だった。


「もう出来たんだ? 早いな~。俺の方はミラが来る前に一匹は捕まえたかったけど、全然ダメ」

「では、バジラウス様も釣りをされてみませんか? 餌のミミズをおつけしますね」


 そう言ってミラは草原を浅く掘り、うねうねしたミミズを素手で平然とわしづかむ。

 最初に怯えきってたのが嘘のようなたくましい山ガール、いや村娘だ……。


「できました! バジラウス様どうぞ」


 にこにことミミズ付きの竿を差し出してくるミラに一瞬、なんで俺が? と思ったが、すぐにこの釣り竿は俺へのプレゼントだと気づけた。


「ありがとう、釣りなんかしたことないけどやってみるよ」


 片腕どころか太い二本の指でつまむのが精いっぱいだが、どうにか岩に腰かけて安定した姿勢でのぞめた。

 しかし都会のコンクリートジャングルで育ったもやしっ子の俺は周りにそんな趣味を持った人もおらず、釣りのやり方なんてさっぱりだ。

 穏やかなそよ風にまどろんで、しばらくぼーっとしていると、


「ときどき誘うように揺らしてみると、魚が寄ってきやすいですよ」


 と、ミラが耳元でささやいてくる。

 言われた通りに竿を右に左に揺らしてみると、水流で餌のミミズの頭と尻がリズミカルに曲がりくねる。竿の動きとは関係なくまだ生きているかのように見える。

 たちまち一匹の魚が喰らいついてきた。


「わわっ!」


 訳も分からず竿を振り回したので逃げられるかと思ったが、ミミズにくっついていた針が魚をがっつり貫通した。

 俺の馬鹿力が功を奏したようだ。


「わあっ、バジラウス様すごいです! 立派なのが釣れましたね!」


 薄い水玉模様の魚はミラの腕ぐらいの全長で、脂がのっていそうだった。

 ミラと半分こしたらミラには昼と夜のメインディッシュ、俺にとっては三時のおやつか。


「私、香りのいい草見つけてきたんです。血抜きをしてから魚の腹に詰めて焼いたら、きっと美味しく──……?」

「ミラ? どうした?」

「バジラウス様、川が……」


 ミラが川を不思議そうに見つめるが、俺には澄みきった水がさらさらと流れてるだけにしか見えない。


「何かいたのか?」

「う~ん、一瞬泉のときのように人間界の様子が見えた気がしたのですが……多分寝ぼけてたのかもですね。香草摘んできます!」


 ミラが香草を摘みに行く間、俺は魚のエラの中に指を突っ込んで生きたまま中の血を抜き出す。

 さっきまでそばの清流を泳いでいた大魚が、己の血が漂う桶の中でみるみると生気を失っていくのを見て、俺の神龍の身体は食欲が増すのだった。



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