第5話 魔石のありか




 分かったこと。

 ミラが流れてきた川の上流には、人間界とつながる泉がある。

 しかしつながると言っても、ミラも俺も水鏡を通ることはできない。

 けれど俺は指を使ったりくしゃみをすることで、人間界の気候を操作したり干渉することはできる。できてしまう。


「本当に何も覚えてらっしゃらないのですか?」

「うん」


 ミラと俺は最初に俺が目を覚ました草むらに座りながら、泉からの帰り道で収穫した青い果実の汁を吸っていた。

 表面はゴツゴツしているが、空気穴のような切れ込みが底の方にあり、そこに爪を立てればミラ一人でも割れて中の果実が取り出せた。

 甘くかつさっぱりとした涼しい味が口いっぱいに広がる。


「少しでも覚えてることはございませんか? たとえば何か変なものを見たとか……」

「そういえば、夢を見た気がする」

「どんな夢ですか?」

「遠い遠い国で、自分が人間になった夢……」


 ミラがくすりと笑う。


「それは、不思議な夢ですね。私も今こうしてバジラウス様とお話ししながら、美味しい果物を食べているのを夢のように感じます」

「ミラはこれからどうする? 雨も無事降ったし、村に帰る方法を探そうか?」


 ミラの顔がわずかに曇った。


「はい、それは大変ありがたいのですが……私が村に戻って、バジラウス様は私を召し上がらなかった、といえば間違いなく罪に問われるでしょう。雨が降ったのはただの偶然とされて、逃亡と同様に結局家族ともども処刑されてしまいます」

「そ、そうか。ごめん、俺が迂闊うかつだった」

「いいえ、とんでもございません……」

「……」


 重い沈黙が流れた。


「あのさ、ミラさえよかったらこのまま俺とここに住まない?」


 思いきって俺が提案してみると、ミラはぱちぱちとまばたきをして驚いた。


「バジラウス様……よろしいのですか? 私は本来、バジラウス様に食べていただくためだけの存在なのですよ?」

「俺はミラを食べるより、ミラと一緒にいたい。それじゃダメかな?」

「……嬉しい! バジラウス様、ありがとうございます!」


 ミラが俺の腹に飛び込み、もふっと羽毛に包み込まれた。

 こうして俺とミラはこの楽園で、力を合わせて暮らすことに決めたのだった。



「そうと決まれば家を作らないとな。俺はドラゴンだから家なんてなくても平気だけど、せっかくだからミラが過ごしやすい住まいにしないと」

「そんな、お気遣いなく……」


 俺は家の材料を集めることにした。

 翼をさっと振るだけで太い木に裂け目が走り、バタバタと倒れていく。

 岩はぎゅっと握れば砕けるし、いくらでも簡単に集めることはできる。


 ……ただし、集めるだけだが。


 とりあえず木を爪で削って角材っぽくして積んでみたが、正確に作れる訳がないので物凄く隙間ができてしまう。これでは雨や風は防げない。

 今度は石を削って積み上げてみる。木材よりは隙間は減らせたが、そもそも固定できてないので不安定でぐらぐらしている。まだまだ家には程遠い。


「うーん、こっからどうしよう……」


 土と水で粘土を作ったら接着剤の代わりになるだろうか、と考えあぐねていると、遠くからミラが息を切らせて走って来た。


「バジラウス様!」

「ミラ、そんなに走ってどうした?」

「神龍の国にも、魔石を出す魔獣がたくさんいるのですね! 家づくりの役に立つかもと思いまして、集めてきました。どうぞお使いください!」


 頬を紅潮させながら、ミラがまん丸な青い石を何個も差し出してくる。


「魔石?」

「もしかして、魔石のことも忘れてしまわれたのですか? せっかくです。私にもお手伝いさせてください! これだけ魔石があれば、私のような無学の平民でも接着剤ぐらいは作れます」


「え~と土と水を用意して、と……」


「おお、すごいすごい! 魔法使いみたいだ」


 俺が拍手のつもりで翼を打ち鳴らすとミラが照れたようにはにかむが、その顔は若干誇らしげでもあった。


「そんな……私程度では接着剤が限界ですけど、優れた魔術師の方はほんの少しの魔石で材料も用意せず立派な建物を建ててしまうんですよ。魔石は誰でも使えますけど、その力を完全に引き出せる才能を持っている人はごくわずかなんです」

「いやいや、ミラもすごい。ところでこの魔石ってどうやって手に入るの?」

「魔獣は自分の中で生成し過ぎた魔力を、石にして出すんです。大きな魔獣ほど魔石の量も多いですが、獰猛で危険なので普通はおとなしい子たちを家畜にして飼ってるんです。村には魔獣の牧場もありますよ。魔石は放っておくと風化してしまいますから、普段は瓶に入れて貯蔵しています」

「へ~、牧場まであるのか」


 魔獣と言うと恐ろしい響きだが、この世界の魔獣と人類は上手いこと共生しているらしい。


「あら、ちょうどいいところに魔兎まとがいますね。魔石を出すところが見られるかもしれません」


 頭に青い石のある兎がぴょんぴょんと草むらをかき分け、きょろきょろとあたりを見渡してから安心したように腰を下ろした。

 その尻の下から青い光が溢れ出す。


「あっ、出てきました。あれが魔石でございます」


「あれが魔石!? 糞じゃなくて!?」

「大丈夫ですよ。うんちしてるときと全く同じに見えますけど、魔石の排出孔は別にありますから。いつも綺麗に洗って使ってますし……」

「うんち……」


 平然と語るミラに、俺は過去一番“異文化交流”の五文字を叩きつけられた気がした。

 便利なものにはデメリットがつきものだし害がないと言えばないが、しばらくの間ぷるぷると震える魔兎の排出姿が目に焼きついて離れなかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る