第4話 水鏡(挿絵つき)




「うわあ……風が気持ちいいですね。こんなに高いところ、私はじめて……」


 いつの間にかミラは腰にツタを巻き付けて、葉を立派なドレスのように着こなしている。

 頭に挿したハイビスカスに似た桃色の花が、金髪によく似合っている。

 果実を食べて、オシャレをする元気が出てきたのはいいことだ。

 大河が少しずつ細くなっていき、上からだと木々に遮られて見えなくなってくる。


「ここからは降りて歩こう」


 岸辺に降りてミラはてくてく、俺はのっしのっしと歩く。

 山へと続く道は急な坂になってきたが、二人とも食べたばかりだから丁度いい運動になった。

 緑だけではない、赤や黄色の色どり豊かな木々と草むらの坂道を川に沿って進むと、林の中に泉が現れた。


「ここが……水源か?」


 泉はそこだけまるで人の手が加えられたように、形を整えられた石に円く囲われている。俺たちがいる下側の方だけ石はなく、段差をつけて小さな滝を作り出し、最初の水が流れ出していた。

 ミラが人間界から神龍の国にたどり着いたとしたら、この泉からの可能性が高いが……。


「わぁっ……!?」


 泉をのぞきこんだ俺とミラは困惑した。

 ここの楽園よりも暗く落ち着いた色の針葉樹林が広がり、山脈の下に青い湖がぽつんとある。

 湖から坂道の上には木造りの平屋の住宅が並び、農家らしき親子が背中の籠に作物を入れて家屋に向かっている。


 水面に、ここにはない景色が映っていた。


「あれは……私が連れて来られた湖がある村です。間違いありません」

「ってことは、この泉が人間界への出入り口と考えてよさそうだな」


 試しに指を入れてみる。

 するととんでもないことが起こった。

 湖の上に竜巻がびゅんびゅんと渦巻き、嵐が巻き起こった。突風で人々が籠ごと倒れ、洗濯物が吹き飛ばされていく。


『何ということだ、バジラウス様がお怒りになられておる……』

『そんな、この前の生け贄では足りなかったというのですか!?』


「わわわっ!!」


 慌てて指を引き抜くと、竜巻は消えて風も吹きやんだ。


「ほんの少し指を入れただけなのに……これじゃあ全身泉に入って向こう側へ行くのは無理だな」


 ミラが指や腕を水底に届くまで入れても泉に反応はなく、帰るのも無理そうだった。

 泉ではなく、泉の周辺はどうだろう。よく観察すると川になって流れていく方の反対側の石に、石とは違う柔らかい材質の出っぱりがあった。

 出っぱりを押してみると泉がぼうっと光り出し、上下左右の四隅に白い矢印が浮かび上がった。


「何だこれ、もしかしてスワイプできるのか?」

「すわいぷ?」

「いや、何でもない」


 矢印をスワイプしてみると、やはり景色が徐々に動いていく。


「なるほど、これで見たい場所を変えられるのか。ミラの故郷は湖の村からどの方角?」

「真っすぐ南でございます。日照りがずっと続いて井戸もあちこち枯れて……もはやあちこちひび割れている砂漠の村です……」


 南の矢印をスワイプし続けると森や草原や集落を抜けて、だんだん木々や草の緑の代わりにごつごつした岩や黄色い荒野が増えていく。


「あっ! あの塀の向こうが私の村です!」


 興奮した様子でミラが土塀を指さす。

 白と黄色の土レンガの村は人々の足取りも重く、畑の作物もしおれきって、生きているのがやっとという有り様だった。

 見るに忍びない状態だが、どうすればいいのかさっぱり分からない。

 嵐の起こし方は分かったが、問題は雨だ。

 俺の指一本で人間界の大気が変化して嵐が起こるなら、雨も指で上昇気流を促して雨雲を作ればいいんだろうが……加減が難しい。

 人里離れた砂漠に移って数回練習してみたが、上昇気流をイメージして指をすくい上げる前に竜巻がいくつも巻き起こってしまう。

 これを災害にならない程度に繰り返して、雨雲が出来上がるのを待つしかないようだった。スケールの割に神経を要する作業だ……。


 イライラしてきたところに、こっちの方でも強めの風が吹いてきた。木々がざわめき、木漏れ日が乱反射する。

 花粉が俺の鼻近くに落ちてきたのか、やたら鼻が痒くてムズムズする。


「ぶえっ……ぶえくしょん!!!!」


 耐えきれず出たくしゃみの唾が、泉にかかってしまった。


「バジラウス様! 雨が……雨が降ってます!!」

「ええっ!?」


 遠くでざーっという音がすると思ったら、泉の向こう側からだった。荒野で、村で、畑で、山で、国中で雨が降っている。

 信じがたい話だが、俺のくしゃみが泉を通じて雨を降らせたらしい。

 くたびれた顔をしていた村人たちが、びしょ濡れになるのも構わず歓喜の表情で踊り出す。


『おお……久方ぶりの雨だ! バジラウス様が我らの祈りを聞いてくださった!』


 何人かは地面に正座し、頭を下げて敬虔な感謝のポーズすらとっていた。


『バジラウス様、ありがとうございます! 我らが神龍に感謝を!』

『我らが神龍に感謝を!』



 えーっと、これでミラの村は助かったってことでいいのかな?




〇 〇 〇




おまけ(8/4更新)

ミラのイメージイラスト

https://kakuyomu.jp/users/tentrancee/news/16818093082300804349



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