第3話 黄金の果実




 雨を降らせる神龍とは、随分と面倒な生物に変身してしまった。

 強大な力も使い方が分からなければどうしようもない。

 人間を食べないと力が発動しない、とかそういうのでなければいいが……。


 ズゴゴゴゴゴゴ!!


 急に地響きが鳴り響いたと思ったら、俺の腹の音だった。


「ああっ、バジラウス様! どうか早く私をお召し上がりくださいませ……! 国のため、村の皆のため、覚悟はとうにできております……」


 片手でもう片方の腕を握り、ミラは震える自分の身体を抑えつける。


「ちょっ、ちょっと待ってて。何か食べ物探してくるからっ」


 逃げるも同然で俺は空へと飛びあがったが、バジラウスはいったい普段何を食べていたのだろうか。

 人間以外は食べなかったとかだと大いに困るのだが……。

 木々が小さくなるほど上昇しても何も見つからないので、もう少し低い位置から探すことにした。


「ん? なんかいい匂いがするな……」


 草の土混じりの匂いに混じって、甘く濃厚な匂いが漂ってきた。どうやら真下にある扇状に葉を広げた木が出してる匂いらしい。

 降りてみると大きな葉の根元一つ一つに、人間の手のひらサイズの黄金色した果実がぶらさがっている。

 思わずよだれが出る。バジラウスの身体を信じるなら、こいつは食べられる果実らしい。


 腕いっぱいに抱えて持っていこうとしたが、俺の腕のサイズだと根絶やし同然になってしまう。

 まだ緑の熟れていないやつを中心に何個かは残しておいた。


 喜び勇んでミラのいる川岸に戻る。

 張り切りすぎて轟音と突風を立てて着地してしまい、またミラをびっくりさせてしまった。


「ほら、美味しそうな果実だよ。食べてごらん」

「え、私もですか?」


 恐る恐る俺の腕から果実を受け取り、ミラが皮をむく。

 蜜柑やオレンジみたいな果汁をいっぱいに蓄えた果肉が出てくる。


「あ、あ、こぼれちゃう……」


 溢れる果汁を吸って、果肉を頬張り、ぷちぷちと口の中に弾ける食感が広がる。


「……おいしい。こんな素晴らしい神龍の国の果物を、人間の私なんかに……バジラウス様、ありがとうございます」


 ミラが目も口も三日月みたいにして、いきいきと笑った。一緒に黄金の果実を食べながら、さっきの話を続けてもらう。





 〇 〇 〇





 古来よりハレヤ国では神龍の国に生け贄を送る儀を行ってきた。

 神龍の国に行くことができるのは心が清らかなる者に限られている。この清らかなる者とは邪念がないとか無垢だとか言うよりは、無の境地に近いものらしい。

 生け贄に選ばれた者は湖で清めの儀式が行われた後、足に石をくくりつけられて湖の底へと沈められる。

 今まで生け贄の死体が底から浮き上がってきたことはなく、腕利きの漁師が潜っても生け贄と遭遇したことはない。清められた生け贄のみが湖の底から神龍の国へ行き、命を捧げることができるのだ。

 そして神龍の国から帰ってきた者は一人もいない。


(そういえば俺も川に沈んで、目が覚めたらこっちに来たんだっけな……)


 ミラの説明を聞いたら、今度は俺の番だった。

 とはいえ彼女にはどうしようもないことで、必要以上に混乱させたくはない。

 さっき目が覚めたら記憶を失って、自分が神龍だったことも、生け贄を食して人間界の気候を操っていたことも全部忘れた、とだけ伝えた。

 きょとんとしていたミラの顔が、だんだん驚きで目も口も開きっぱなしになる。


「ご自身のことを全部、忘れてしまわれたというのですか……? 生け贄の儀も、雨降りの力も、全部……!?」

「うん、目が覚めたら何も覚えてなくて……。だから君が今話してくれたことも正直実感がないというか、他人ごとにしか聞こえない」

「そんな……いえ、私も、こんなに慈悲深いお方とは知りませんでしたので……昔話や伝説に出てくるバジラウス様はそれはそれは強大で恐ろしくて……。小さい頃は親の言うことを聞かない度にバジラウス様に食われるよ、とよく脅されました」


 生け贄になって食われるのは名誉だが、悪いことをしても結局食われる。

 見事なダブルスタンダードだ。


「しかし、どうしましょう……。今まで生け贄になった人々もすぐにバジラウス様に食べていただいた訳ではなく、お口に合うように努力した末に食べられていたのでしょうか?」

「うーん……それは手段と目的が逆になってない?」

「? どういうことでしょうか?」

「ミラは雨を降らせるために生け贄に選ばれたんだよね? だったら雨さえ降れば、わざわざ俺に食べられる必要ないんじゃないかな」


 俺のその言葉を聞いて、ミラの目がきらきら輝いた。


「雨を降らせてくださるのですか!? 私をお食べにならずに!?」

「ま、まあ、やるだけやってみる」


 困ったことになってきた。

 雨を降らせる方法なんて俺にはさっぱり分からないが、ミラを食べても雨を降らせることができるとは思えない。

 しかしこの身体の元の持ち主が本当に人間との約束を守って生け贄を捧げる度に雨を降らせていたのなら、そのシステムに何か鍵があるかもしれない。


「よし、俺の背中に乗って。高いところは平気?」

「えっ、ばっ、バジラウス様、何をされるおつもりで?」

「ミラが流れてきた川の上流へ飛ぼう。人間界の入り口に近づけば、何か思い出せるかもしれない」



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