第2話 神様の言うとおり




 これまでのあらすじ。


 会社が潰れ、足を滑らせて川に落ちた俺は、目が覚めると羽根と鱗まみれの鳥とも恐竜ともつかないモンスターになって極楽のような場所にいた。

 助けを求めるのに疲れて川で水を飲んでいると、上流から箱が流れてきて、開けると全裸の女の子が出てきた。


 いったい何がどうなってるんです?



 少女が呼吸をする度に肩が浅く上下する。生きてはいるようだ。

 かろうじて胸元は両腕で隠れているが、ぴっちりと閉じられた甘そうなふとももも危なっかしくて、とにかく目のやり場に困る。

 何か布か、布の代わりになるような覆いがあればいいのだが……。


「ぴぃぴぃ」

 鳴き声がしたので見ると、先ほどの綺麗な尾長鳥が大きな芭蕉ばしょうに似た葉をくちばしで引っ張っている。


「おお、お前のおかげでひらめいたぞ。とりあえず葉っぱをかぶせよう」


 少女の肩から下を覆い隠せるサイズの葉を持ってきて被せてみた。


 全裸なことに意識を奪われていたが、よく見ると両足に重い石をくくりつけられている。

 酷いことでもされたのかと憤りそうになったが、見たところ外傷はなく、他に何かされた形跡はない。

 罪人として流刑にでも処せられたんだろうか?


 そうこうしているうちに少女の唇が開き、目も開いた。

「あれ……? 私、生きてる……? ここが……神龍の国、それとも天国なの……?」


 さっきの俺と似たようなことを言い、少女はあたりを見回す。

 俺と目が合った。


「きゃあああっ! バジラウス様!?」

「あ、あの……」


 俺が何か言う前に、少女は俺と自らの上に敷かれた葉を交互に見比べて早口でまくしたてる。


「今から……私を葉に包んでお召し上がりになるところでしたか? お邪魔をしてしまい、申し訳ございません! もう一度眠りますので、どうぞごゆるりとお楽しみください!」

「ちょ、ちょっと待って、寝ないで!」

「はい! ミラ寝ません!」


 目を閉じかけていた少女は正座をしてピシッと固まる。起き上がった拍子に葉がずり落ちて、慌てて抑える羽目になった。


「あの~、君はここに何しに来たの?」

「……? ミラはバジラウス様に食べていただくために、神龍の国まで運ばれてきましたが……」

「なんで俺が君を食べないといけないの?」

「なぜって……バジラウス様ご自身が、雨を降らせるには贄が必要と水見師のラツ様にお伝えになったはずでは……?」


 察するに、この少女は俺という化け物に自分を食べてもらうことが目的で、ここに送り込まれて来たらしい。

 神や精霊ににえを捧げる風習が根強く残っているのか?

 川に落ちただけなのに、とんでもない文化圏の国にやってきてしまった。


「ま、まさか、私がお気に召しませんか!? お願いです、どうか私を召し上がってください! でないと村が……私の故郷が滅びてしまいます!!」

「あ~、落ち着いて落ち着いて」


 このにどこまで本当のことを言うべきか。

 俺は直前まで日本という国に住んでいた平凡なサラリーマンで、川に落ちて目が覚めたら急に“バジラウス様”になっていた。人間なんか食べられる訳がない。雨を降らせる方法なんか分かる筈がない。


 そんな自分ではどうしようもない話をされても、このミラと名乗る少女はもっと途方に暮れるだけだろう。

 人間、自分よりも取り乱している人が目の前にいると妙に冷静になってくるものである。

 いや今の俺が人間かどうかはさておきだ。

 ミラが知ってそうな範囲で話を聞いてみよう。


「ここがどういう場所で、なんで村の人は俺に生け贄を運ぶのか教えてくれる?」





 〇 〇 〇





 ミラが教えてくれた情報は、どれもこれも俺を驚かせるものばかりだった。


 ミラが住んでいるハレヤ国では一年に一回の年末と、それから雨が降らない日が二か月以上続いた場合に、神龍バジラウスに生け贄を捧げる。

 神龍の国に行く方法は国の中央にある湖の底に沈むしかなく、バジラウスに選ばれた生け贄だけが水底の異世界に行けるのだという。

 儀式を経てない普通の人が沈んでも、ただの水死体となって浮かび上がる。

 

「ここに運ばれた生け贄の子は、誰も帰って来なかったの? 途中で怖くなって逃げだした子とかいたりしない?」

「そんな滅相もない!」


 バジラウスの贄に選ばれるのは大変名誉なことであり、贄になった少年少女は二週間の間身を清め、毎日ごちそうを食べては国中の人にかしづかれて宝のように丁重に扱われる。

 恐らくは清めと称して自分たちの身代わりになってくれる贄へのせめてもの感謝の表現だろう。また尽くすことで逃亡への罪悪感を植えつけ、贄を逃がさない鎖にもなっている。


 贄になった名誉を捨てての逃亡は国中の期待に背くとんでもない行為であり、ミラ自身は実際に見たことはないが、法律上では死刑より上の最も重い刑である苦痛刑に処せられるという。


「ミラは怖くないの?」

「死ぬのが怖くない、と言えば嘘になります……。ですが、国中を裏切って家族丸ごと罪人になるよりは、バジラウス様の贄となり雨を降らし、皆を喜ばせる方がずっといいですから……」


 英雄としての名誉の死か、卑怯者としての不名誉な死か。

 ミラには死ぬことしか選択肢がなかった。


 しかし俺がのり移る前のバジラウスは、どうやって人間界に雨を降らしていたんだろう?

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