第8話 滝が呼んでいる




 青く光る滝の向こうから、人の声が響いてくる。


『バジラウス様、バジラウス様……どうかお聞きくださいませ……』


「何だ……? “水見師みずみし”が呼んでるのか……?」

「はい、きっとそうです。水見師様は魔術師の中でも、最も優れた方のみがお就きになります。生け贄を清め、神龍の国に声を届けられるのは彼らだけです」

「おーい、“水見師”聞こえてるぞ~。そっちはどうだ? 返事してくれ~」


『バジラウス様、バジラウス様……どうかお聞きくださいませ……』


 試しに滝に声を投げかけてみたが、向こうが気付いた様子はなかった。


「……私が知る限りですが、水見師様は声を届けることはできても、バジラウス様のお声を聞くことまでは叶わないかと……」

「相互のやりとりは不可能か。確かに王を差し置いて神龍と完全に意思疎通できる奴なんていたら、王国の脅威になりかねないだろうしなぁ」


 俺たちの会話なんて知ったこっちゃない、と言わんばかりに滝は話し出した。


『おお、バジラウス様よ。先日の慈雨じうにより、大地は潤い、草土は恵みに溢れました。しかし日照りとは別に近頃、魔獣たちの凶暴化が国の各地で頻発しております。万物に等しく降る慈雨により、野生の魔獣たちも活発になりせっかくの作物も荒らされる始末。ところによっては、街中で襲いかかられて重傷を負った民も出まして……』


「えっ! そんな……」


 家族が心配になったのか、ミラが青い目を見開いてうつむく。


『七日後、蝶の月の終わりに次の生け贄をお贈りいたします。願わくば、ハレヤ国一同の安寧あんねいのため、バジラウス様のお力が地に降り注がんことを……』


「何だって!?」

 一週間前にミラが来たばかりで、その約一週間後にまた生け贄!?


「ミラ、生け贄ってそんなしょっちゅう捧げられてるのか?」

「いいえ! 神龍に生け贄を捧げる儀式は、国王様の御許可がなければ年末以外行われません。村が飢えや災害の訴えを出してから王城の承認が必要で、最後に王の元まで行くのに相当時間がかかるはずですが……それに七日後なんて、お清めには十四日間かかるのに、それほど魔獣の被害が急速なのでしょうか……?」


 ミラが生け贄として湖に沈められるのとほぼ同日どうじつに、新たな生け贄が選ばれて清めの儀式が始まったことになる。


「ここに来る前に村や近くで魔獣が凶暴化した、なんて話は聞いたか?」

「いいえ! 日照りでそれどころではありませんでしたし、飢えた魔獣がいても魔除けの鈴さえ鳴らせば悪さはしませんでした。ですが私は小さい村の中しか知りませんし、もしかすると広い国のどこかで被害を受けている地域があったのかもしれません……」


 ……どうもに落ちない。


「とりあえず、泉に人間界の様子を見に行こう」


 ミラを乗せて山のふもとまでひとっ飛びして、泉に駆けつけた。

 矢印を出して湖からミラの村までスワイプしたが、確かにあちこちで被害が出ている。包帯を巻いて杖をつき、足を引きずる人。腕のケガから熱を腫らして寝込んでいる人。田畑は荒らされ、食いちぎられた野菜の切れ端があちこちで散らばっている。


 ミラの村も同様だった。崩れた石の家を修繕している人々の顔は暗く、魔獣たちの足跡が砂や風に消されずくっきりと残っている。


「父さん母さん、ミモたち……どうか皆無事でいて……」


 広場の向こう側にあるというミラの家に視点を向ける。


 が、広場を横切ろうとしたところで翼の生えた猪のような魔獣が現れた。

 一人の男に向かって突撃している。

 危ない!

 思わず俺は指を泉に突っ込みそうになったが、間に合わなかった。



『ハァッ!』

『ブモオッ!?』


 俺が遅いのではなく、男が猪に剣を向けるのが早かった。剣から溢れ出す緑色の閃光が刃となって次々と猪を斬り刻んでいく。

 猪は石でできた広場の床を赤い血で汚しきってから倒れた。

 赤い血はだんだんと魔石と同じ青い色に変化していく。魔獣の証だった。


『カカレス様! おケガはございませぬか!?』

『この程度、造作ぞうさもない。それよりも、お前たち村民の無事が一番だ』


 駆けつけた村人たちに囲まれて、涼しい顔でカカレスと呼ばれた男は言った。

 肩の高さで切り揃えた黒髪から漂う気品と、村人たちのペラペラの服とは対照的な頑丈そうな鎧が高貴な身分を示している。


『サルサ領主のご子息様が、こんな田舎の村にまで来てくださるなんて……』

『なあに、たまたま視察の際に近くを通りがかっただけだ。しかし魔獣の被害がここまで深刻化しているとは……一刻も早く事態を解決しなくてはなるまい』


『ううっ……』

『しまった、こうしてはいられない。ケガ人の手当てをしなくては。どれ、私に見せてみろ』

『そ、そんな……わしの汚い手なんざを、カカレス様にお見せするなんて滅相めっそうもございませぬ』

『いいから見せろ。なあに、身分なんて関係ない。困ったときはお互い様だろう?』


 そう言いながらカカレスは腰のベルトにつけたポーチから魔石を取り出すと、それをケガ人の腕にかざして魔術の光で治癒ちゆしていく。血が消えていき、破れた皮膚が元通りになっていく。

 その瞬間、剣にはめ込まれた緑色の宝石もキラキラと光った。



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