第35話──紅茶の時間

 ティナ・アールグレンは、慣れた手付きでティーカップに鮮やかに輝く紅茶を入れていく。木製の簡素な机の上には、ティーカップが2つ並べられていて紅茶を入れ終わったところでカップの角度を微調整すると、ティナは自身のあるじの名を呼んだ。


「マリク王子。紅茶ができました」


 王子は視線を落として読んでいた書類から目を上げると、微笑みを向けて立ち上がる。


「ありがとう。少し休憩したいと思ってたところなんだ」


「いえ、王子。まだ休憩はできません」


 秘書官の言葉にあからさまに肩を落とす王子。その表情の移り変わりを見て、ティナは心の中でくすりと笑った。


「流石に延期になってしまった他の国々への訪問も待っていますし、改めて〈アヌ〉の王に会いに行く必要があります。それになにより──」


「彼らの大規模侵攻についてだろう。連日の会議で頭を悩ませてるところなんだけど」


「そろそろフリーダも調査から戻ってくることですし、早急に対策を練ればなりません。関連して兵士の訓練についてですが私が──」


「わかった、わかったよ。ティナ、でも少し休ませてくれ。ティナの淹れてくれた紅茶はゆっくり味わいたいんだ」


 王子は気づかなかった。自身の不用意な言葉のためにティナが内心動揺していることに。


 王子の秘書官は後ろを向いて溜め込んだ息をそっと吐き出すと、ぐっと両手に力を込めて振り返った。


「でしたら、紅茶を飲み終わるまで。私もお供します」


 ティーカップを傾け目を瞑りながら紅茶を口にする王子を眺めながらティナは心の底から願う。


(──どうか。どうかこのままずっと傍にいられますように) 

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王子のクーデレ秘書官は本音を叫びたい フクロウ @hukurou0223

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