infection

ちえり

保護という名の軟禁


 その部屋に集められたのは、時の権力者や有力者の子ども達だった――

 まだ成人には程遠い子どもでありながら、ある意味では選ばれた存在で、ほとんど生まれた時から特権階級に属する者たちである。


 ハンナは大統領の娘だし、ジュディーは医学博士の娘、エリスは議員の娘だ。ここにいる男子たち4人も似たような出自で、似たような立場にあるこの7人は、同世代なこともあって顔見知り以上の仲にあった。


 ませた子ども達というのは往々にして賢いか、親などを真似て大人ぶった言動をとってみせる者が多い。そんな子どもは大人からしたら生意気な存在かもしれない――だが、それも我が子となれば話は別で、どんな悪ガキでも可愛いく見えるものだ。

 そんなわけで、彼らの親は泣く泣く子ども達を手元から離し、外界から隔離されたその部屋に放り込んだのだった。


 細かい経緯はさておき、7人は偶然にもある条件が重なって新型ウイルスに感染した疑いがある。だが、まだ幼い子供であることを考慮して、個室ではなく同室にて軟禁状態で保護されることとなったのである。

 その事情を彼ら子ども達も一応は理解しているのだが、それほど危機感は覚えてはおらず……食事や寝具、様々な遊び道具までが準備されている広くて豪華な部屋で悠々と、むしろ大人達より冷静に見えるほど普段通りの――厚かましい態度で過ごしていた。


 なかでも優れた科学知識を持ち、機械いじりが趣味のケビンは、部屋の設備が気に入らず、どうにかパーツを入手したいあまり、部屋にある設備のいくらかを分解してその物が持つ役目を壊し、先程からずっと座り込んで何かを黙々と作っていた。

 すでに見慣れたケビンのそんな状態を放置して、お喋りに興じている残りの6人は、備え付けのソファーに寄りかかるようにして座り、あたかも無気力になっている――と、見せかけて。事実は今後の計画を密やかに、綿密に話し合って退屈をやり過ごしているのだった。


 *


 この部屋から出ること自体は意外と簡単なのだ。だが、他人に及ぼすリスクが高い。それに、作戦が失敗して大人達に見つかった後、これ以上の自由を奪われたくない――それは非常に困るのだ。


 いかに大人達に悟られず、困らせることもなく、出来ればこの場で過ごしながら……自分たちの仮説を証明する手立てはないものか――そう考えた末に出された無難な結論は、持ち駒である協力者おとなをスパイとして使い、必要な物資や情報を集めさせるというものだった。


 キーポイントは今は無人となっている、元地球チキューと呼ばれる惑星にいるとされる生物だ。

 遺伝子の構造を分解し、理論上で組み替えていくうちに辿り着いたその仮説を証明したい。そうすれば、この未曾有の事態を収集することができるのではないか……彼らはそう考えていた。


 ワクチンを生成するには時間がかるし、検体が必要不可欠だ。だが、被験者となりうる遺体は山ほどあるのだ、きっと無傷のものだって残っているだろう。

 大事なのは脳細胞の一室にある、メカニズムの一つをどうにかすることだということを――彼らは人類が助かる手段の一つとして、早くも導き出していた。

 移植の技術自体は難しいわけではない。だが、原細胞の入手が子どもには難しく、そもそも培養できる環境がこの部屋には無いために、原始的な方法を取るしかない。……それに躊躇う6人と、我関せずな1人とで、部屋で寛ぎながらも談義をしていたのであった。



 ジュディーは数学者の息子であるルートの背中に抱きつくようにしてのし掛かっていた。

 自分の体重を全て預けても、ルートはしっかりと支えてくれる。話すことに夢中でこちらを注視してくれないのは少しムカつくが、昔から彼女は彼が大好きだった。


 そもそも話の結論はもう出ているのではないかと、ジュディーは思う。

 どう考えても適役なのは、ここにいる自分達だけなのだ……そこには触れず、必死に他の術を模索して検討し、何度も審議を重ねる彼が頼もしい反面、遠回しに避けられているようで悲しかった。

 この緊急時に、手っ取り早く解決できそうな方法があるなら試してみるべきなのだ。その重要さを否定してかき消してしまうほどに、自分のことが嫌いなのだろうか? ジュディーとしては、願ってもないチャンスなのだが――



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infection ちえり @dark_cherry

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