第54話 九女キュウカの朝食


「ねぇねぇキュウカ」



「なんですか兄さん」



「いい匂いだね」



「そうですか。それはよかったですね」



「ねぇねぇキュウカ」



「なんですか兄さん。というか——」



 ここは自宅のキッチン。ご主人様の待てという指示を完遂する忠犬のように俺はキュウカを待っている。いや、正確には——キュウカのご飯を待っている。



「邪魔です」



 ナッツ!? 邪魔なんてしてないよ!! ただ野菜を切るキュウカの背後に立って覗いてみたり、野菜を炒めるキュウカの背後に立って覗いてみたり、スープを煮込むキュウカの背後に立って匂いを嗅いだりしているだけだ!!



「ごめん」



「……謝るのに退ける気はないんですね」



 いや、わかってはいるんだけどね? 俺の意思はキュウカの邪魔をしちゃいけないってわかってるんだよ。でも……俺の鼻がこの香りを一つ残らず吸い尽くさなければダメだといって聞かないんだ!



「もうちょっとかな?」



「そうですね。ですのでリビングで待っていてくれませんか?」



「わかった。そうするよ」



 流石にこれ以上は本当にキュウカの迷惑になってしまうな。仕方ない、今はこの鼻に鞭を打って言うことを聞かせるしかないか。




 ……



 …………



「……あの、兄さん」



「はい?」



「リビングで待っていてください」



「……はい」




 ————————————————




 今日は俺が早朝から学校に行かなければならないので、キュウカが早起きをして朝ごはんを作ってくれた。



 どうやら俺が起きる前から準備を始めていてくれたようだ。俺は料理の匂いに釣られて起き、本能のままにキッチンまで歩いて来ていたらしい。



「それでは、いただきます」



「いただきます」



 まだ他の妹達は起きてこないので、俺とキュウカの二人で朝食をとる。妹との朝食——その響きだけでごはん五十杯はいける。



 食卓には、新鮮な野菜の炒め物に優しい香りのスープ、それに焼いた魚が並べてある。実に朝食だ。健康一番。隠し味は妹の愛。



 まずはこのスープを一口—— っっっっんまつっ!? なんじゃこりゃ!?



 地を母に、陽を父にして育った野菜の優しい香りと、大海原を渡って来た命の恵みの香りが絶妙にマッチして全身を包み込む……この二つを完璧に融合している妹という成分……



 美味なんて言葉では表しきれない。これは、小宇宙コスモ——いや、ホワイトホールか?



 この焼き魚は……ぶっふぉあ!? 旨みが、弾けたぁぁぁぁぁぁぁあああ!! 口の中で旨みが!! キュウカが!! 踊ってる!!



 まさかこの野菜炒め……!? ふぎゅうぅぅぅぅぅううううう!!!



 オイシスギテノウガガガガガ。




「そう言えば歌舞奏対抗戦も大詰めですね。代表の選出は進んでいますか?」



「うん。みんなにサポートして貰ったおかげでね。全体的な選抜はクラウスさんとアシュレイがやるから、俺は自分で面倒を見る子達の選出だけどね」



「……アシュレイ?」



 え、あれ? 知ってるよね……王女様だよ?



「アシュレイが……どうかした?」



「いえ、随分と仲が深まったのですね」



 なぁるほど。これが……墓穴というやつか?



「いや、この前の茶会でね? なんか無礼講の方がいいみたいな? ほら、そんな感じだよ? 別にこれと言って深い意味はないよ。いや本当に」



「わかっていますよ。兄さんが女性に興味があれば、今頃甥や姪の一人や二人いてもおかしくないですからね。ですが、アシュレイ様の狙いは恐らく政略的な意味が強いと思われます」



 待ってくれ……いつから俺女性に興味がない枯れた男みたいな扱いになっているんだ? あれか……女生徒に言い寄られても困ったような仕草をしているからそういう思考に至ってしまったのか……



 俺は女性には興味がある。



 だが、それ以上に妹達が俺の視界を奪って離さないだけだ。他の女性が俺の目に、脳に入る隙間がないんだ。



 もちろん妹達を性的な目で見ているわけではない。見ているわけではない。見ているわけじゃないぞ!! 俺は慈愛の眼差しでしか妹達は見ていない!!



 まぁ勘違いされて困ることはないか。




「確かにそんな話をしていたかもね」



「やはりそうですか……私が推薦してしまったせいですね……余計なお世話でした」



 なるほど。



 キュウカは責任を感じているのか。



「これ以上兄さんが誰かのために身を挺して傷つくのは……見たくありません。ですのでアシュレイ様の狙いを先に知っておいた方がいいと思ったのですが」



「それならキュウカの思惑通りじゃないか。アシュレイが近付いて来たのは俺が狙いだってはっきりわかったから警戒出来るし?」



「いえ、それよりも接触を避ける方が重要だったと、たった今気付かされました」



 え、何に気づいたの? 服にアシュレイの毛とかついてないよね……そりゃないか。



「気付いてますか兄さん、たった一度茶会をしただけで兄さんに敬称をつけさせないその魅力に。この世界で、兄さんが気軽に名前を呼び合う人がどのくらい少ないかを——」



 俺が敬称をつけない? いやでも敬称をつけないから仲がいいわけではないと思うが、女性という括りで言えば、



 妹達。

 クラリネット。

 オーダー。

 一応、マインもか。男だと思ってた名残だと思うけど。



 あれ、片手でも余る。そう言えばクラウスさんも結構長い付き合いなのにさん付けだし……




 そうか。




 恐ろしいな、アシュレイ。


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歌武姫 シスターズ・ハーレム・ナイン 〜転生したら9つ子の妹の兄だった〜 いくつになっても中二病 @ikutsudemochu2

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