ラスト・チャンス

曇空 鈍縒

第1話

 夏休み最終日。


 宿題の残りは、問題冊子200ページと、原稿用紙二枚以上の作文。


 30日で終わらせるには少ないが、1日で終わらせるにはあまりにも多い。


 すでに、俺に与えられた最後の時間ラスト・チャンスの内、7時間分という膨大な量を、無駄な睡眠に費やしてしまった。


 もはや、ぼんやりしている時間はない。


 俺は暖かいベッドと決別すると、大きく深呼吸をして勉強机に向かう。


 テストでの惨敗がある以上、もう後はない。


 夏休みの宿題が出せない=留年だ。


 シャーペンにだんがんを装填し、ちょうど良い長さまで出す。


 息をつめて、きれいで分厚い問題冊子の、1ページ目を開く。


 時計の針が、残り僅かな俺の時間を刻んでいく。シャーペンの芯が、真っ白なノートに黒い線を引いた。


 答えを写すという手は、熟練の教師が、答えを回収するという単純かつ凶悪な一手を思いついたことで、儚い夢と消えてしまった。


 全て、自力で解くしかない。


 夏の熱気が頬を撫でて、汗がノートに染み込んでいく。


 後180ページ。


 太陽はいよいよ高くなり、濃い湿気を含んだ熱気は、俺のただでさえ少ない集中力をさらに削っていく。


 時刻は1時を回っていた。


 後130ページ。


 昼食もそこそこに、再び勉強机を睨みつける。疲れきった頭を、目の前に迫った危機で鞭打つ。


 後100ページ。


 緊張で筆圧が強くなっていたせいか、シャーペンの芯が尽きてしまった。俺は再び芯を補充しようとしたが、手が震えて、それを全て床にぶちまけた。


 回収している時間がない事は明白だ。


 俺は、必要な分の芯だけを、心を落ち着かせ慎重に拾い上げて、シャーペンに押し込む。


 10分のタイムロス。ゲームをしているときは一瞬に過ぎる短い時間も、今は長すぎるほどだ。


 俺は、たった一日でずいぶんと年季が入った問題冊子の新しいページを開いて、シャーペンの先端を落とした。


 後50ページ。


 太陽が地平線に消えてから数時間後、俺はついに、最後の一門の解を出した。


 夕食も食わずにこなし続けた達成感が、俺の心を満たす。すでに時刻は12時を回っていた。


 喜びに歓喜しながらベッドへと飛び込もうとしたところで、俺は最後に残された難敵に気付いた。


 作文800文字。


 文章を書くのには、ある程度の時間がかかる。


 だが、すでに夏休み最終日は終わってしまった。あと十時間もしないうちに、俺は学校へと行くしかなくなる。


 脳は眠気に支配され、上手く回らない。日頃、集中するということを怠ってきた、ツケが回ってきたようだ。


 もう、留年しかない。


 絶望感が支配しかけた俺の心に、ふと、一筋の希望が宿った。


 書く題材は、もう手の中にあるんじゃないだろうか。


 俺は再び机に向かうと、シャーペンの芯を出して、原稿用紙へと書き始めた。


 題材は、『夏休み最後の日』


 与えられた最後の時間ラスト・チャンスは、あまりに短く感じたが、十分だった。


 登校日、俺はついに完成した宿題をカバンに詰め込んで、足取り軽く家を出た。

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