君の中の宇宙

ふゆ

君の中の宇宙

 瞳の中に、輝かしい宇宙を見た。

 その宇宙はあまたの星が夢の数だけ輝いていて、瞳の奥の無限は人を強く惹きこむブラックホールがあって、一つ一つの惑星が震えるほどの大気を放っている。

 昔、とある人の瞳にそんな美しい、理想の宇宙を見た。それはあまりにも眩しかった。

 その瞳に確かに、夢を見つけた。誰よりも大切にしたくてたまらない、そんな夢だった。




「___以上で有人宇宙活動についての講義を終了します」

 教授の気だるげな声に眠気を誘われて、つい講義の半分を浪費してしまった。隣に座っていた名前も知らない人が俺をちらっと見てから去っていく。ノートを全くとっていなかった俺への哀れみだろう。

 どうしようもないのでのろのろと片づけをする。一人暮らしをするようになってから朝飯を食べなくなった俺には、昼飯抜きの15時22分は少々きつかった。

 学食へ行こうと教室から出ると、いきなり後ろから二の腕をつかまれて無理矢理数歩後ろに下げられる。

「颯天、寝起きか?ふらふらしてる」

「あ、星良、さん?」

「名前覚えてないのか?結構喋ってるだろ」

 呆れたように俺を見つめる星良さんは、同じ学部の学生で一つ上の先輩だった。たまたま講義で一緒になって意気投合してから、時折喋ることがある。両親が宇宙と深いかかわりを持っているから、僕と同じ宇宙学部に入った……と風のうわさで聞いているが、本当かどうかはわからない。彼女のお父さんは確かに著名な人だが。

「昼飯食べてないのか?じゃあ私と一緒に食べてくれないか、今日は親しい友人もいなくて寂しかったんだ」

「はあ……わかりました」

「今日はもう講義もないし、食べ終わったら一緒に帰ろうか」

 レンズが歪んだ望遠鏡で見た時の星みたいにぼんやりとした僕の返事に、まだ眠いのか、とあきれたように星良さんは笑った。




 食堂で適当に頼んだカレーを口に流し込む。少し冷めて辛さも落ちたカレーは、ただ腹を満たすための食べ物でしかない。人手不足の慢性化はこういうところにもあるのかと思いながらスプーンを動かし続けていると、星良さんが隣にトレーを置いた。

「……かつ丼ですか?」

「ああ。なにか?」

「いえ、よく食べるなと思って」

「君が食べなさすぎるだけかもしれないよ」

 星良さんは湯気の立っていないかつ丼を口に入れた。特に感想は漏らさなかった。星良さんはこう横から見るととてもきれいな人だ。深い宇宙のように美しい黒色の髪をしている。

 しばらく言葉もなく食事をしていると、星良さんは半分ほど食べ終わったところでふう、と小さく息をついた。

「食事中にする話でもないかもしれないが。颯天は宇宙飛行士になりたいんだっけ?」

「ええ、でも……話したことありましたっけ?」

「酔った時に話してたよ。覚えてないかもしれないけど」

 覚えていない。酒にめっぽう弱い俺が無理矢理飲まされた時なんて忘年会くらいしかないから多分その時だ。

「宇宙飛行士って言われると少し気になるんだよ。父がそれだったし」

「……星良さんは、どうなんですか?」

「私は別になりたいとは思わないよ。わざわざあんなのになろうとは」

「俺の前で言うことですか?」

「今ちょっと反省したよ。ごめん、私はあまり父のことが好きではないから」

星良さんの父親嫌いは有名だ。昔テレビで「宇宙飛行士の家族に迫る」という特集で、生放送だというのに親子喧嘩をしていた映像があった、はずだ。たしかどこかで見たことがある気がする。

「颯天はなんで宇宙飛行士になりたいんだ?」

「……昔の夢を、今も引きずってるんです」

 冷めたカレーを食べ終わる。ペットボトルの水を飲みほして目を閉じると、今でもあの瞳が浮かぶ。俺はあの日の宇宙をずっと探している。

 そして、探し始めて4年がたった今も、俺はまだそれを見つけられない。俺の中には、宇宙飛行士になれば、あの人を見つけられるかもしれない、という幼い夢が残っているだけだった。

「昔の夢なんて、ロマンがあっていいじゃないか。私とは大違いだね」

「このことを話すと、いつも笑われるんですよ。星良さんもわざわざそんなこといわないでください」

「そう卑屈にならないで、本心だよ。理想を今、こうして努力につなげられる人はほんの一握りだよ」

「宇宙学部に入ったのは……まあ、そうですけど」

 星良さんは少し笑って、最後の一口になっていたかつ丼を口に入れた。その間に俺はトレーを返しに席を立つ。返却口に置くと、何も言わずにさっとトレーが吸い込まれていく。俺に追いついた星良さんもトレーを置くと、自然と二人で歩く流れになる。

 外に出ると、むわっとした熱気に包まれる。さっきまでクーラーの人工的な冷気で冷やされていた体は、寒暖差で少し鳥肌が立つ。近年地球温暖化が酷くなっているのか、はたまた高気圧のせいなのか、異常気象のような暑さがずっと続いている。

 頭がぐらぐらするような感覚にとらわれる。なんだか目がぼやけてきた。そんな俺の様子を見かねて星良さんは話しかけてくれた。

「暑いね。颯天はどうやって帰るんだっけ?」

「徒歩ですよ。星良さんは?」

「私はバスだ。でも徒歩はきついな、こんな気温の時に。帰る途中で飲み物でも買った方がいいと思うよ」

「はい、そうしま、す……?」

 揺れる視界、星良さんのどこか遠くで聞こえる声、ままならない思考、乾いた喉。

 その先で見えた、姿。

 足が止まって、口が半開きのままになる。ぼやけた視界で、でもはっきりと見える。

 俺が、探していた宇宙の気配がする。

 自然と駆け出していたのかもわからない。ただ息はどんどん荒くなって、体中から汗が噴き出す。だんだん近づいてくる姿は、確かに俺があの時見たように、輝いていて、宇宙の星の数ほどの夢を語っていて、それで__。

「……あ、れ」

 陰に入ってほんの少し涼しくなった瞬間、俺の頭に冷や水が落とされて、突然目が覚めたような衝撃が走った。さっきまでぼんやりしていた思考もはっきりして、それと同時にあっさり俺が感じていた気配は消えてしまった。

「颯天っ!どうしたお前、急に走り出して……!」

「星良さん……今、ここに人が……」

「人?ああ、さっきまでこの辺りにいたけれど……私もよく見えなかったし、君が走り出したころにはもう、構内に入ってしまっていたよ」

「構内に?」

 構内に入ったということは、まさかここの学生なのか。いや、でもここは一般開放もしているから必ずしも学生というわけではないかもしれない。でも、でも__。

「探している人がいるのか?」

「は、はい……でも、もう見失っちゃったので」

「そうだな、さっきみたいにいきなり走り出されてもらうと、私も人の目が気になっちゃうから」

「いや、それはその、すみません」

「はは、冗談だよ。気にしないで。でも一回帰ってゆっくり休んだ方がいいと思うのは本心だよ」

 もう行こう、と歩き出す星良さんの背を追いかける。落ち着こう、いきなり接触しても俺もなにを話せばいいのかはわからないし、学生にしても一般人にしても、まだ会

えるチャンスはあるはずだ。

 ゆっくり深呼吸をする。あの子は確かに俺の近くにいる。そう考えると、胸の弾みが止まらなかった。




 高校一年の春に、彼女は東京からやってきた。

 東京に対する俺達のイメージといえば、洗練されていておしゃれな男女がひしめいていて、そしていつだって明るい。それが東京で、東京の人は皆そうなのだと信じて疑わ

なかった。

 だから、彼女が教室へ入ったとき、僕らはそのイメージをひっくり返された。染めたり巻いたり、結んだことすらなさそうな、長くてまっすぐで真っ黒な髪に、すこし目元が

しゅっとしている冷たい印象を思わせる顔は、僕らの東京とはまるで違って見えた。しかし中途半端におしゃれをする僕らとはまた違う、無駄な手が全く入っていない姿は、どこでもない、言ってしまえば他の宇宙から来たような。

僕の彼女への第一印象は、それだった。

転校生というのは、興味を持たれるか持たれないかで反応が二分されるものだけど、彼女の場合は異質で、「興味を持たれているけど話しかけづらいので、興味をもっていないふりをしている」という状況だった。

 誰も彼女に話しかけないまま二週間が過ぎて、ある日、クラスで一番の人気を誇っていた男子がこういった。

『月野サン、いっつも宇宙の本読んでるけど楽しいの?』

 月野さんは少し驚いたように本を閉じて、そして言った。

『うん、楽しい。すごく』

 そこで初めて月野さんの声を聴いた気がした。静かな夜みたいに、小さい声なのにどこまでも通るような、不思議な声だった。

 その後、なにもなかったかのように再び本を読み始めた月野さんから、その男子は『ああ、そう』と拍子抜けしたように離れていった。自分なら会話を広げられるだろうという自信に満ちていた彼が失敗したことで、一層月野さんには誰も話しかけなくなった。

 そのまま夏休みに入っていった、七月下旬。当時バレー部だった俺は、部活帰り、暑くてたまらなくて立ち寄った宇宙がテーマの科学館で、月野さんに出会った。

 そう高くない入館料で涼しさを買った俺は、最初はまあさらっと見て帰ろうと思っていた。でも常設ブースに入ってすぐに、きらきら輝く目で熱心に展示を見つめる私服姿の月野さんの姿があって、足が止まる。

 人の気配を感じたのか、月野さんは俺の方を見てその目を少し大きくする。

「斗沢くん……?」




 暑くて寝苦しい。それに変な夢を見た。月野さんと出会った時の夢。高校二年間でさんざん見た夢をまた見てしまうなんて、やっぱり今日のことがトリガーになってしまったのか。

 月野さん、下の名前は惺奈。惺奈の「惺」には澄み切った星という意味があるのだと、月野さんが教えてくれた。月と星で、彼女の名前は宇宙から愛されていた。

 月野さんは、転校してからたった一年で、別の学校へ行ってしまった。あのクラスで誰よりも会話をして、仲良くなったと思っていた俺にすら、何も言わなかった。月野さんがどこへ行ったのかわかる人は誰もいなくて、そこで初めて、俺は月野さんが住んでいた家の場所を知らないことに気づいた。

 でも、昨日の昼に俺が感じた気配は、確かに月野さんのものだった。同じ大学に通ってるのか、それとも近くに住んでいるのか。

 時計を見ると、朝の4時だった。今日も学校だ。シャワーを浴びて、気持ちを切り替えてしまおう。



 結局、月野さんのことをあれから思い出そうとしたが、それらしいことは思いつかなかった。

「颯天、おはよう」

「星良さん、おはようございます」

「体調はどう?昨日は挙動不審だったからな」

「一日寝たらなんとか。……星良さん、今日は講義無いですよね?何しに来たんですか」

「用がなくてもいたら悪いか?確かに講義は無いけどね、君にこれを渡そうと思って」

 そう言って差し出された封筒を受け取り、恐る恐る中を覗き込むと、一枚の薄い紙が入っていた。

 藍色が基調の細長い紙には、星のイラストと、きれいな字体でこう書かれていた。

『プラネタリウム、新規開催。ーー科学館』

「……この科学館って」

「ん、知ってるのか?あんまり有名じゃないけどここの近くにあるよね。私は行ったことないけど、実はここで妹が学芸員をやってるんだよ。プラネタリウムは妹の発案らしくて、ぜひ見に来てくれって妹にチケットを渡されたんだ」

 時間は今日の夕方くらいからだから、都合が合ったら来てくれ、と言って星良さんは去っていった。

 この科学館でプラネタリウムが開かれるなんて。高校生の頃はよく通っていたものだけど、最近は全く調べていなかったので知らなかった。

 今日は特に予定もない。なんとなく運命的なものを感じて、俺は背負っていたリュックにチケットを閉まった。



 

「あ、来たんだ」

「なんで来ると思ってなかったこと前提で言うんですか……」

「宇宙に興味あるって言っても、プラネタリウムみたいなのはどうなのかなって心配になっちゃったから。時間が無いから、行くよ」

 相変わらず、あまり人からの評価とかに無頓着な人だ。多分そういうところが星良さんの良いところなんだけれども。

 久しぶりに見た館内は、昔よりも綺麗に整備されていて、常設展の内容も少し変わっているようだった。それに、休日とはいえ訪れる人の数が増えていた。プラネタリウムの効果だろうか。

「そういえば、妹さんはどこにいらっしゃるんですか?」

「いつも館内を歩いてるって言ってたけど……見当たらないね。プラネタリウムの準備中かな、意外と人も多いし」

「妹がいたっていう話、聞いたこと無かったんですけど、どんな人なんですか?」

「……あまり一緒の時間を過ごしてないんだよ、妹とは。私と妹は、幼い時に父と母が離婚してはなればなれになってしまったし、名字も違うから」

 軽く質問したつもりが、星良さんの顔を曇らせてしまった。そうだ、今まで話が出なかったということは訳ありの可能性が高いのに、何の気なしに聞いてしまった。最近は失敗ばかりだ。

「別居してたってことですか?」

「うん。妹は高校2年生になってから私の方の家に来たんだけど、その時には私は大学に向けて受験勉強をして、進級したらすぐに一人暮らしを始めたから……年に数回会う程度だったんだけど、最近になってこっちに引っ越したみたいでね。あ、颯天と同い年だよ。」

 じゃあもう21歳なのか。大学進学はせずに科学館への道を選んだということなのだろう。夢を叶えた人なのか、そうじゃないかはわからないが、いずれにせよ少し羨ましかった。

「結構広いね、この規模の科学館にしては珍しいかも」

「特別展を廃止して、そのスペースを使って新しくプラネタリウムの内容を変えていく方針にしたみたいですよ。ホームページに載ってました」

「ホームページ?そんなの出来てたんだ」

 少なくとも俺がここによくきていた時、つまり月野さんがいた時は確か、なかった。でもこのホームページのおかげで、確かに知名度は広がっただろう。

 プラネタリウムの中は、ふかふかの席がたくさん並んでいた。まだ明るい室内では、ざわざわと話し声が響いている。忙しなく動く学芸員らしき二人の姿があったが、星良さんに「あの二人は違うね」と言われてしまった。

「ま、プラネタリウムが終わったら探そう」

 席に座ると、思ったよりも尻が沈んで、頭が埋もれた。プラネタリウムに興味のない人は今すぐにでも眠ってしまいそうだ。

 ――プラネタリウムが始まった瞬間、僕の耳を突き抜けるような、声がした。

『ご来場の皆様、この度はこのプラネタリウムに来ていただきありがとうございます――』

 月野さんの、声だった。

 天井には、北斗七星が浮かんでいた。



 

「結構面白かったね。私が今調べてる天体に関しても説明があったし……颯天?どうした?」

「あの、星良さん。妹さんの名前、なんていうんですか?」

 星良さんは訝しげに目を細めたが、俺の気迫に気づいて首を傾げる。そして戸惑ったように呟いた。

「――惺奈。月野惺奈だよ」

 ずっと探していた名前。俺の耳に彼女の声が、飛び込んでくる。

「あ、お姉ちゃん!」

「惺奈。昨日ぶりだね、どこにいたんだ?」

 星良さんと惺奈。似た名前、そしてどことなく面影のある顔立ち。

「私は今日は受付で働いてたの。お姉ちゃんが来た時間はちょうど休憩中だったと思う」

 そこで初めて月野さんが、俺を視線で捉えた。月野さんは目を見開く。

「月野、さん」

 声が震える。

「僕のこと、覚えてますか……」

 彼女は唇を震わせた。

「斗沢くん、なの?」




「――じゃあ、星はいつか爆発するかもしれないってこと?」

「そうなの。斗沢くんも結構宇宙に興味出てきた?」

「うん、今まであんまり勉強してこなかったけど、宇宙って面白いんだね」

 高校生の頃、月野さんは毎日俺に楽しそうに宇宙について教えてくれた。きっかけはこの前思い出した時の、科学館で出会った時。あれから彼女のきらきらと宇宙を語る瞳に惹かれて、俺は自然と彼女と一緒にいることが多くなった。転校してから、彼女は一人も友達を作ることはなかった。多分、彼女自身も周りとどう付き合えばいいのか分からなくなっていたんだろう。

「そうだよね!ふふ、前から思ってたの。斗沢くんの名前は、宇宙に愛されてるなぁって」

「宇宙に……?どういうこと?」

「斗沢くんの『斗』の字は、有名な星の漢字の一部でしょう?それに、颯天の『天』も、天体――まさに宇宙って感じがする」

「それを言うなら、月野さんだってそうでしょ?月に惺、なんて」

 そうだね、と恥ずかしそうに笑った後、月野さんは、教室の窓越しに空を見上げた。少し夕方に差し掛かった空には、月がうっすら見えている。

 しばらく間が空いた後、月野さんは俺を真剣な目で見つめた。その目は、何かに縋っているようにも見えた。

「ねえ、斗沢くん。将来、何になりたいか決めてる?」

「いや、決めてないな。どうしたの?」

「私と一緒に、宇宙を目指してくれない?」

 その会話を最後に、月野さんはいなくなってしまったはずだった。



 

 星良さんは、俺たちに気を遣ってくれたのか、はたまた本当に見たいものがあったのかは分からないが、俺達に手を振りながら常設展へ去っていった。俺たちはフリースペースにぎこちなく座り、近くの自販機で買った各々の飲み物を飲み始める。

「えっと、久しぶり、だよね?まさかこんな所で会うなんて思ってなかったよ……お姉ちゃんと同じ大学だったんだね」

「うん。月野さんは?」

「私は大学にはいけなくて、せめてここで働いてみようって思って。実はあの後、都合で海外に行ってたから、日本の大学を受験できなくて……」

 海外だったのか。俺は海外旅行へ行ったことが無いから、本当に彼女は俺の知らない遠い世界へ行っていたんだと感じて少し悲しくなった。

「お姉ちゃんと仲良かったんだ。たまにお姉ちゃんから、良い後輩がいるって教えてもらってたんだけど、まさか斗沢くんだとは思わなかったよ」

「俺も、今日妹がいるって聞いたばかりだよ。星良さん、あんまり家族の話はしたがらないから……」

「お姉ちゃんは、そうだね。ほら、うちのお父さん、ちょっと訳ありだから」

 そう肩をすくめて、月野さんは少し気まずそうに笑った。お互い数年ぶりの再会だからか、特に何も言えずに時間が過ぎていく。

 ――そうだ、あるじゃないか。月野さんに聞きたいこと。

「そういえば月野さん、昨日うちの大学に来てなかった?」

「え?あ、うん、行ったよ。図書館に本を借りに行っただけだったから、10分くらいしかいなかったけど」

 やっぱりそうだった。俺の勘は間違っていなかった。正直今思い返すと少し、いやかなり変人な行動だったが、昨日の勘のおかげで月野さんと出会えたような気がする。

 少し口角を緩める僕を見て、月野さんも微笑んだ。

「ねえ、斗沢くん。高校生の頃の約束、覚えてる?」

「覚えてる。覚えてるから、俺は今、宇宙学部にいる」

「そっか、なんか……覚えてもらえてると思わなかったから、嬉しいな。あのね、せっかく会えたから、斗沢くんにお願いがあるの」

 微笑みながら、そして僕の手に自分の手を重ねて。彼女はあの日と同じ瞳で、顔で、僕に問いかける。

「私と一緒に、もう一回宇宙を目指してくれない?」

「……ああ、月野さん」

 夢を覚えていたのが、僕だけじゃなくてありがとう。




 小さくため息をつく。いや、これはため息というより安堵か。自分の感情に名前がつけられない。安堵か、疲れか、それとも嫉妬か。

 惺奈から、度々話を聞く『高校生の頃に会った男の子』は、斗沢颯天と特徴が酷似していた。まさかとは思って、斗沢颯天に通っていた高校の名を聞いたことがある。それは惺奈と同じ高校だった。

 惺奈と違って、私は宇宙なんて嫌いだった。父親も嫌いで、惺奈と自分を切り離した父親も宇宙も宇宙飛行士も、それを夢見るものも全部、何もかも嫌っていた、

 でも、惺奈と斗沢颯天に出会って、私の考えは変わってしまった。あんなにも輝く瞳で、夢を語る人間を私は見たことがなかった。

 瞳の中に、輝かしい宇宙を見た。

 その宇宙はあまたの星が夢の数だけ輝いていて、瞳の奥の無限は人を強く惹きこむブラックホールがあって、一つ一つの惑星が震えるほどの大気を放っている。

 昔、とある人の瞳にそんな美しい、理想の宇宙を見た。それはあまりにも眩しかった。

 その瞳に確かに、夢を見つけた。誰よりも大切にしたくてたまらない、そんな夢だった。

 私は、斗沢颯天と惺奈の瞳に、救われた。あの宇宙を守りたくなって、私は宇宙に関わる者全てを助ける仕事を志した。

「……ありがとう」

 フリースペースを覗き見ると、二人がいた。

 あの日と同じように目を輝かせて、二人は手を取り合っていた。

「きっと叶えられるよ」

 宙崎星良は、そう微笑んだ。

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