EP.025 可能性を喰らうプリテンダーF/さよなら


 キーンコーンカーンコーン。


「……ん。あ、れ。私……」


 聞きなれたチャイムの音を聞いてハルカは目を覚ます。


 見れば、そこは教室の中だった。鋼槍機士団のFOFパイロット訓練学校。


 見慣れたその教室の窓際にある自分の席でいつのまにか眠っていたらしい。


 妙にぼーとする頭を振りながら視線を上げれば、目の前には談笑する同期達の姿があった。


「でさー、この前、面白いFOFの操縦法を思いついて試したんだけど、それで思いっきり失敗しちまって教官からすっごく怒られてさー」


「あれーやばかったよねー。本当にー教官がーぶちぎれたたもんー」


 目の前の机に腰掛けるシンがそんな風に言って、それをクスクスとアンナが笑う。


 隣にいたクララは、もう、と呆れたような視線をシンに向けた。


「ダメでしょ。シン。そうやっていつも回りに迷惑をかけるのはあなたの悪い癖」


「そうだぞ。シン。FOFは大事なこのシティの資産なんだから、あまり乱暴に扱うな」


 クララの言葉へ同意するようにユートが呆れたような眼差しをシンへ向け、そうして二人から叱責されたシンは唇を尖らせてハルカの方へと振り向く。


「えー、でも面白い操縦法だと思ったんだけどなー。なあ、ハルカ」


「えっ」


 急に話しかけられて、ハルカはつい驚いてしまった。なぜ驚いたのかはわからないまま、ハルカは目を白黒させつつ「そうですね」と頷く。


「……どちらかといえば、私もクララ達側ですよ、シン。あなたはリーダーシップがありますが、時々突拍子もないことをするのが悪いところだと私も思います」


「うぎゃー、主席殿からも叱られたー」


 わざとらしくおどけるシン。そんな彼の姿に、叱責していたクララとユートも毒を抜かれてつい笑みをこぼし、その横でアンナも、ぷぷぷ、と喉の奥から声を漏らす。


「シンはー、少しー抜けるところがーいいんだと思うよー?」


「抜けてるってなんだよ、抜けてるって⁉ ちくしょう、みんなして俺を寄ってたかって!」


 そんな風にシンは怒ってみせるが、それが演技なのは長い付き合いの四人にはよくわかる。


(ああ、いいな)


 こんな日々がずっと続けばいいのに、とハルカは思った。


 なぜかわからないけど、無性にこの日々が愛おしいと、そんな風に感じたのだ。


 キーンコーンカーンコーン。


「ん……?」


 チャイムの音。


 さっき鳴ったばかりだと思っていたけど、喋りすぎていたのか、もう二度目のそれがなりひびく。それに顔を上げたハルカを見て、シン達が「ああ」と頷く。


「もうそんな時間か──しゃあない、行くとしますかね」


「はい?」


 ガタッと音を立ててシン達が立ち上がる。いきなりの行動にハルカは戸惑いを浮かべて自らも席を立とうとした。


「み、みんな? えっと次の教練は教室を移動してのものでしたか? いけないお喋りに夢中で用意してません」


「ああーハルカはー大丈夫ー。このままー座っててー」


 言っていつの間にか背後に回っていたアンナに肩を押さえられ強制的に席へとつかせられるハルカ。予想以上に強いアンナの力にハルカはますます戸惑いを覚え、


「え、え、え……?」


「ごめんね、ハルカ。だけど、


 ゆっくりと微笑んでクララが言う。


「あ──」


 それを見てハルカは目を見開いた。


 同時に思い出す。彼らに何が起こったのかを。


「だー、悔しいよなー。まさか訓練に行った先で、ガイストが待ち構えているなんてよ」


「あれは仕方ないよ、シン。完全に運だ。僕らにはそれがなくてハルカにはあった、ただそれだけの話だよ」


「そうだねー気づいたら教官達がやられていた以上ー私達にー勝ち目はなかったしー」


「でもさ。俺があの時、外に出たりしなければもうちょっと何かが変わってたんじゃね?」


「んー。私はそう思わないかな。これは私が【アレ】の本体と一番深く結びついていたからわかるけど、結局【アレ】は第45観測拠点にいた人達を誰一人逃がさず仕留めるつもりだったみたいだし」


 楽し気に、何気ない日々のように、残酷な言葉を語っていく四人。


「ま、待っ……!」


 て、と手を伸ばしかけたハルカを、しかし目の前に立っていたクララが静かに拒絶する。


「だーめ。ハルカ。あなたの居場所はあっち」


 言ってクララがハルカの背後へと指さした。ほとん反射的な動作でそちらを見れば、そこには逆行に包まれ伸びるどこかへの道が。


 その先へ、ハルカは黒髪の少年を見る。


 同様にクララ達もその姿を見やり、いちように苦笑めいた笑みを浮かべた。


「あれは、大変そうだよな。なんつーか、ヤベェ人って感じ」


「そだねー私もー前に一度みただけどーあれは多分私達とー根本の部分がー違う人だよー。でもーだからこそーハルカと一緒にいるのにふさわしいと思うー」


「だね。でも憧れるな。僕がみんなと違って才能がないだけだからかもしれないけど、いずれは僕達もああなりたかった」


「そうだね。私もそう思うよ、ユート」


 そう言ってクララはユートと手をつなぐ。アンナがシンの腕に飛びついて、そうして四人はハルカへと背を向けた。


「じゃあな、ハルカ。俺達とはこれでお別れだけど、でもそれでもこれだけは言えるぜ」


 言って、シンが笑う。


「俺たちと友達になってくれてありがとう!」


 その言葉を最後にシンが背を翻した。


 シンの背についていきながらアンナが手を振る。


「楽しかったー。ハルカと一緒に居られたことはー本当にー!」


 シンと並び立って去っていくアンナ。そんな彼女の後を追いながらユートが振り返って、


「僕もハルカと一緒にいられてよかったよ。僕みたいな奴と友達になってくれてありがとう」


「………」


 遠ざかっていく〝友人〟達の背中。


 それをしかしハルカはもう一度手を伸ばすことなく見送る。


 なぜだか、それが正しいような気がしたのだ。


 胸の中に去来した幾万もの想いをしかし飲み込んで彼らを見送るハルカに、最後の一度だけクララが振り返ってこう告げた。


「ばいばい、ハルカ」


「……ええ、さようならみんな」


 光の中、その遠くへとかつて笑いあった友たちが去っていく──





     ☆





「……夢……」


 意識の浮上を感じ、ハルカはうすぼんやりと両目を開いた。


 ふと、頬へ手をやればそこには涙の痕があった。でも、ハルカにはなぜ自分が泣いているのかはわからない。ただ、一つ言えることは、


(悲しい夢では、ありませんでした)


 なぜだかそれだけは理解できて、ハルカは、ふふ、と笑みをこぼす──と、その時。


「──なに笑ってんだ、ハルカさん?」


「きゃあっ⁉」


 突然真横から響いた声。思わず飛び起きたハルカは、自分のすぐそばに怪訝な眼差しを向ける黒髪の少年を見た。


「え、ええ⁉ な、なんでクロウさんがここに──⁉」


「……なんでもなにも、ここは俺が泊っているホテルなんだから、当たり前だろ」


 言ってクロウが周囲を見やる。その視線につられてハルカも室内の様子を見て、ようやくそこで自分がクロウの泊っているホテルにいるのだと自覚した。


「──昨日の事件後、まあ事件が事件だからいろいろと手続きやらなんやらで時間がかかって終わったのは日付も変わった後だったろ? こんな時間に女の子を外へ歩かせるわけにもいかなかったから、やむなく俺のホテルに泊めたんだよ」


 とは、まだ混乱したクロウが告げた言葉である。


 それでようやくハルカも昨日のことを思い出して、うう、と顔を赤くした。


「ご、ごめんなさい、クロウさん。ご迷惑をおかけしました……」


「迷惑とか思ってないから、気にすんなって」


 消え入りそうな声で、そう告げるクロウ。彼の方も彼の方で激闘を超え、その後の事情聴取などで多大な疲労をしていただろうに、はた目にはそれが見えない。


(うう、まだまだ私は未熟です)


 内心でそう思ってしょんぼりするハルカ。


 一方のクロウは、ふわあ、とあくびを漏らしながらハルカへと視線だけで振り向く。


「この後はどうする? このホテルのモーニングでも食べる?」


「え、あ。そうですね──」


 クロウからの提案に立ち上がりながらハルカは答えようとした。


 だが、そうしてハルカが言葉を告げる前に、彼女のPDがプルルルと着信音を鳴らす。


「あらま、電話か? いいよ、出なさい出なさい」


 そうクロウから進められたのでハルカはそれへ出る。


 耳に端末を当て、二、三言ほど会話を交わすハルカ。


 しかし、そこで彼女の顔に異常な事態が起こった。


 端末の向こう側にいる相手と言葉を交わすごとに顔色が悪くなっていったのだ。


 最後の方など完全に青ざめたハルカにクロウが思わず怪訝な顔をしてしまう中、通信を切ったハルカは顔を上げ、そのままクロウを見る。


「た、大変です、クロウさん」


 真っ青な表情になってハルカはクロウを見て。


 そしてそれを告げた。


「父が……シティの総監レムテナントがクロウさんを連れて来いと──」


 ハルカの言葉に、クロウは両目を見開く。










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新作公開! 


タイトルは「転生恋戦~転生者の俺だけど、国から決められた婚約者がすっごく甘やかしてきます。どうしよう~」です!


作品ページURL:「https://kakuyomu.jp/works/16817330666083845260


第一話URL:「https://kakuyomu.jp/works/16817330666083845260/episodes/16817330666083892476


新作あらすじ:


 主人公ハル・アリエルは国から婚約者を決められてしまった。

 相手の名前はユキナ・ヴァン・ユリフィス。アルカディア帝国の魔導師社会に君臨する十二騎士候ユリフィス家のご令嬢だ。


 彼女をめぐった血生臭い暗闘を回避するため、自分との婚約を不本意ながら帝室に決めれたハル。でも、彼女は不思議と従順で……?


 なにやら裏がありそうな少女だけど、国から決められてしまっては仕方がない! ユキナとの婚約関係を守るため、ハルは次々やってくる敵をなぎ倒す!


 痛快! 恋愛もの×魔法バトルアクション! ここに開幕──

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