EP.024 可能性を喰らうプリテンダーⅦ/黒の一閃

今話はキリのいいところまで書きたかったので、かなり長めです。お覚悟を。

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 ほとんどのFOFを撃破し、そうして残った一体──C‐4クララ・ローベン機。


 それこそが、今回の事件を起こした近衛従兵型。その本体が寄生した機体であった。


《……そうかよ、テメェが……ローベン!》


 ギリッと通信機越しにも聞こえてくるほど強く歯を噛みしめて、ラストが叫ぶ。


 対するクララ機……に擬態した近衛従兵型は、まるで戸惑うように機体を後ずさりさせ、


【な、なんですか、いったい⁉ 総隊長も、そちらの傭兵さんおかしいですよ⁉ なんで、みんなを殺したんですか! ねえ、ハルカ! そこにいるんでしょう! この二人を止めて! 私、死にたくない!】


「………っ」


「……最悪、だな……」


 さすが本体が寄生しているだけあるのか、他の機体よりも数段制度の高い猿真似にハルカが顔を悲痛に歪め、クロウですら嫌悪もあらわとする中、さらに機体は喚き声をあげた。


【なんなの⁉ なんなのよ! みんなおかしいよ⁉ ねえ、なんでそんな風に人を殺せるの⁉ あなた達のせいで、シンもアンナも……ユートだって殺されたッッッ‼】


 近衛従兵型の擬態とは思えないほど、高精度で感情を露わとするクララ機。


 そのまま彼女は両目のカメラアイをクロウとラストへそれぞれ向け、その紅く光り輝く眼で両者を睨みつけながら叫ぶ。


【ふざけるな! このクソ野郎! お前らなんてクズだ‼ 最低野郎だ‼ そうやって私達をバカにしているんでしょう⁉ 総隊長も、ハルカも! 私達みたいな下層出身者を下に見ているんだ‼ だからこんなに簡単に私達を殺せるんだ⁉】


「───」


「……ッ! ! 聞くな‼ あんな戯言、耳にする必要はない‼」


 あまりにも醜い罵倒に思わずクロウは叫び声をあげ、そのまま反射で通信機のスイッチを切ろうとした──だが、その直前。


「……ない」


 ポツリ、と呟きを漏らすハルカ。


 それにクロウが眼を見開く中、ハルカは後席で顔を上げた。


「クララは、そんなことを言わない──‼」


 絶叫。


「クララをバカにしないでください‼ あの優しい彼女が! あの健気で頑張り屋な彼女が! 私の大親友だった彼女が‼ そんなふざけたことを言うわけがないでしょうがッッッ‼」


 吠えるハルカ。そのまま彼女は前席のクロウへ呼びかけた。


「クロウさん。お願いします! あのクソ野郎をぶっ飛ばしてください‼」


 それは自分では戦う力を持てないハルカが、その内に自分への情けなさと後悔を抱えながら、なお懇願した言葉だ。それにたいして、クロウが出す答えは、ただ一つ──


「──ああ、任せろ」


 加速した。


【え──】


 一瞬でクロウは愛機〈アスター・ラーヴェ〉を目の前のクララ機へと肉薄させる。


 特別なことは必要ない。


 ただ剣を持ち上げ──一閃するだけ。


 それだけで、クララ機はその胴体にある動力部を両断され、機能を停止した。


【……は、るか……】


「その名で私を呼ばないでください──あなたは、クララじゃない」


 なお、ハルカへすがろうとするクララ機──否、近衛従兵型をハルカもまた言葉でもって切って捨て、瞬間近衛従兵型はその命脈を消失させる。


 周辺、そこにまだ機能を残し、動こうともがいていた機体がいっせいに動きを止めた。


 本体がやられたことでそこからエネルギーを供給されていた〝端末〟もまた機能を停止したのだ。そうして第45観測拠点に静寂が訪れる。


「……終わった、な」


「はい、すべてのガイストの討伐。完了いたしました……」


 言いながらも顔を伏せるハルカ。後席にいるハルカが押し黙るのにクロウはその内心に気づき、自身もまた、深く息を吐く。


「結局、第45観測拠点の人員は全員……死亡。この観測拠点から人を救うってミッションは失敗したって形か」


 これだから近衛従兵型は嫌なんだ、と吐き捨てながらもクロウは機体を反転させる。


「ラスト。とりあえず、これからどうするか判断してくれ……何か、遺留品の回収ぐらいはできると──」


 思う、というクロウの言葉はそれ以上続かなかった。


 なぜならば、そんなクロウへラストが襲い掛かってきたからだ。


「───⁉」


 とっさの回避を選択。


 それによってぶち込まれそうになった杭打機パイルストライカーをギリギリで回避するクロウ。


「ラスト⁉ いったいなにを⁉」


《……すまねえ、クロウ……‼》


 驚愕し、そうしてラストを見たクロウは、その先で見た光景に絶句する。


 ラストの機体を黒い粘液質の物体が覆っていた。


「嘘、だろ、おい──‼」


 呻くようにそう呟きながらも、クロウはラストの機体をいまも侵食するそれを睨む。


、近衛従兵型ッッ‼」


 二体目の近衛従兵型。それが、ラストの機体を侵食していた。


 クロウがラストから目を離した一瞬で、ラストの機体に取り付き、すさまじい速度でその機体を侵食した近衛従兵型。


 コールタールのような粘液に表面の八割を負われたラスト機はもはや制御系を完全に奪われているのだろう。


 不格好な動作ながらも確かにクロウへ、その武装を向け、攻撃姿勢を取るラスト機。


《はは、不覚を取っちまったな……。すまねえ、クロウ。俺はもうダメだ》


「そ、そんな! 総隊長‼ 諦めないでください‼ まだ、助かる方法が──」


 たまらずと言ったようにハルカも悲鳴のような叫び声をあげる中、しかしラストはハルカの言葉を途中で切って捨てる。


《いいや、ない。残念だけど、もうコックピットにまでこいつが侵食してきやがっている──だから、クロウ》


 頼む、


《俺が、俺じゃなくなる前に、──‼》


 ラストの叫び。悲痛な覚悟を決め、自分ごと近衛従兵型を討て、と告げるラストに、クロウはコックピットの中で絶望に顔を歪めた。


「ふざけるなよ……!」


《早くしろ、クロウ! もう時間がない!》


「ダメです、クロウさん! 総隊長を! ラストさんを助けてください‼」


 ラストとハルカ、それぞれがそれぞれの想いを叫ぶ。


 どちらの想いも痛いほどクロウには理解できた。


 その上でクロウの冷静な部分が言う──このままラストを殺した方がいい、と。


 近衛従兵型に侵食された機体を助ける術などない。


 少なくともゲーム時代にそんな方法は提示されなかった。


 自分の能力がゲームの延長線上に成立していることを痛いほど理解しているクロウは、だからこそ、この状況ではラストごと近衛従兵型を殺すことこそ最適解だと理解し──


(いいや)


 一つだけ、可能性はある。


 しかしそれは、あまりにもか細い糸だ。


 一歩を間違えば、ラストはおろか、クロウ──なにより後席のハルカの命すら危ない。


(ダメだ、ダメだ! そんなこと! ハルカさんの命まで危険にさらせない!)


 クロウの理性は、合理的にそう判断した。他の人間の命まで危険な目に合わせるぐらいならば、一人の命を諦める──それこそが最善種だ、とそうクロウは考える。


 だが、その一方で諦めきれない想いもまたクロウは抱えていて──


(ああくそ)


 せっかくの知り合いになった奴が死んだら嫌だな。


 言ってしまえば、それだけ。だが、クロウにとってラストという男は、これまでゲームの中でしかろくに友情を結べなかったクロウにとって、はじめて〝ゲームの外〟で友情を結べた相手でもあった。


 そんな奴を自分の合理性だけで見捨てるなんて、クロウにはできない。


 ゆえにこれは二者択一。


 友人の命を見捨て、安全を取るか。自らともう一人の友人の命を賭けて、すべてを得るか。


 それに対する判断は、しかしクロウが下すものではない。


「ハルカさん」


 ふう、と息を吐き、クロウはハルカへと問いかけた。


「──ラストを助けるため、命を賭けられるか?」


「───! はいッッッ‼」


 力強い返答。ほんと、これだからこの子にはかなわない。


 苦笑しつつクロウは、機体の操縦桿を握った。ダイレクトリンクの強度を強め、改めてカメラアイ越しにラストを見つめながらクロウは叫ぶ。


「時間がない。だから、ただ俺の言う通りにしてくれ。ハルカさん! あの近衛従兵型のエーテルコアの位置! それを探ってくれ‼」


「わかりました!」


 撃てば響くように返答し、ハルカが即座に機器を操作する。愛機〈アスター・ラーヴェ〉の高性能探査機器は、確かに近衛従兵型のエーテルコア──ガイストならば、どの個体も持っている動力源にして弱点たるそれを表示させた。


 恐るべきことに近衛従兵型のコアは、半ば操縦席と融合している。それこそまともに攻撃すれば、すぐそばのラストごと吹き飛ばすことになるだろう。


(だけど──)


 あれを破壊すれば、ラストを解放できる。


 あとは、やるか、やらないか、その二択だ。


「いいや、俺なら──俺と〈ラーヴェ〉ならやれる!」


 言ってクロウは機体を加速させた。


「行くぞ、〈アスター・ラーヴェ〉‼」


 愛機の名を叫び、クロウは一瞬でラストへと接近。


 使用する武器はブレード一本。


 問題となるのは精度だった。コックピットと半ば融合した近衛従兵型のコア。それだけを撃破するには、それこそミリ単位での精密な操縦を必要とする。


 10mの巨体を誇るFOFでのミリ単位だ。いくらクロウが優れたパイロットだと言っても本来なら不可能だっただろう──マードック工房でメンテナンスを受けてなければ、だが。


「はは、やっぱり、すげえな、マードック工房長は!」


 理想の動きができる。まるで機体の隅から隅まで神経が通っているように、クロウの思う通り、愛機〈アスター・ラーヴェ〉が駆動した。


 これならば、いける。そう確信して一瞬で近衛従兵型に侵食されつつあるラスト機へ接近したクロウは、そのままブレードを持ち上げ、


「シッ──‼」


 振るった。


 クロウの放った斬撃は精密に、精確にコックピットへと迫り──





 ──一刀両断。





 振るわれた斬撃は、寸分もたがわずコックピットを侵食していた近衛従兵型のコアへ到達した。精密に操作された刃は、ただコアだけを捕らえ、それを切断する。


【ギエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ】


 大絶叫。まるでスピーカーの音割れのごとく不快なそれは近衛従兵型の断末魔だ。


 それと同時にラスト機を覆っていたコールタールが消え去った。倒れるラスト機。


「……ッ! ラストさん! 生きていますか⁉」


 慌ててハルカがそう通信を入れるのに、はたしてラストは──


《ああ、生きてるよ。嘘みたいだがな》


 そう言って答えを返した。


「───! ラストさんの生存を確認! 周辺の探査、ガイストの反応なし! クロウさん、ラストさん! 私達の勝利です‼」


 ハルカの言葉に、クロウはふう、と大きく息を吐いた。


「……なんとか、なったな」


 いいながらクロウは自分の機体を見下ろす。


 愛機〈ラーヴェ〉の装甲。その表面に、薄く黒い粘液が付着していた。


 あのすれ違った一瞬、近衛従兵型もまたクロウを取り込むため、端末を打ち込んできていたのだ。もし攻撃に失敗していればあの時クロウとハルカは近衛従兵型に取り込まれていただろう。そう思えば、本当にあの攻撃は賭けだった。


 だが、賭けにクロウは勝った。それはつまり──


《はは、マジかよ。生き残ったのか、俺──》


 いまだ自分が生存したことに実感がないラスト。


 そんなラストにクロウは苦笑を向けながら通信を入れる。


「ああ、生き残ったんだよ、お前は……つっても、侵食を受けたんだ。全くの無傷というわけにはいかない。キャシーを呼んでお前とお前の機体を運ばせよう……第45観測拠点を検めるのはまた後日にした方がいい」


「……そう、ですね。クロウさんの言う通りだと思います」


 かつての友人達が道半ばで潰えたこの場所を見やりながらハルカもクロウに同意する。


 そうしてクロウはキャシーを呼ぶべく通信機を起動した。


 ザザッ。


「ん?」


 と、その時。通信機にどこかから、通信が入る。


 なんだ、とクロウが訝し気な表情をする中、激しく音割れをしながら通信機が叫ぶ。


【──体型】ザザ【達】ザザザッ【ードα送】ザザザ──


「え──?」


「これは、ガイストからです……⁉」


 突然入った通信の相手は、今しがた倒した近衛従兵型から。


 激しくノイズを走らせながらも、その音声は確かな意味を持って、なにかの単語を紡いでいく。


【運命】ザザ【異体】ザザザ【能性あり】ザザザッ【を要監視】ザザザ【臨時コー】ザザザザザザ【〈レイヴン〉に認定】ザザザザザザザザザザ【ンは】ザザザザ【が】ザザ【異体か】ザザザザ【試】ザザザザザザザザザ【よ】ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ──





【──その時は、近い】





 ブツン。


「──なん、だ、いまの……」


 突然、通信機が告げた言葉にクロウが茫然と言葉を口にする。


 夕日が落ちる中、その場にいた人間たちは、ただ言い知れぬ予感だけを覚え、身を震わせるのであった──










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今話は特に語ることがないので、久しぶりに評価乞食を。


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その上で毎話、♡や応援コメントをくださっている方々にも感謝いたします。

総勢にして百人以上もそのような方々いることは作者としても作品としてもこれ以上なく幸せで嬉しいことであり、毎回飛び上がるほど感謝しています。今後とも応援してくださるよう作品の執筆を頑張らせていただきます。


今後もこの〝クロウと〈ラーヴェ〉が無双する〟物語をよろしくお願いいたします。


以上、長文失礼いたしました。


作者、結芽之綴喜ゆめのつづきより敬愛すべき読者のみなさまへ。

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