ぼくとぷりん

家庭菜園きゅうり。

ぼくとぷりん

 スーパーの美味しいシュークリームを探して冷蔵の涼しいコーナーへとルンルンで足を進める。

 あのシュークリームは外側の生地のパリパリでサクサクな感じと中のクリームのふわふわ感がたまらないんだよなぁ。

 緩んだ頬に手を当てて考える。想像するだけでよだれが出そうだ。

 カラフルなお菓子コーナーを抜けて少し冷気を感じればもうすぐ。

 ぱっと顔を上げればそこには…

 ──ない。

 いつものシュークリームがない。あれのためだけに塾帰りでここまで来たのに。

 このまま負けを受け入れるのはなんだか悔しいので、近くの店員さんに声を掛ける。品出しをしていて少し申し訳なかったが。

 「すみません、いつもここに置いてあるシュークリームって…」

 「あぁ、申し訳ございません、先程売れてしまいまして…」

 「…そうですか、すみません。」

 最初に空いた少しの間は許して欲しい。だって悔しかったから。

 あーあ、このまま帰るのもなんだかなぁ。

 なんてうなだれていると隣のちょっとお高いプリンが二割引きのシールを貼られてそこに佇んでいるのが目に入る。

 今日はこいつで我慢してやる。なんて心の中で悪態を付きながら手にとってレジへ向かった。

 袋に入ったプリンを自転車のカゴに入れ、鍵をさして乗る。

 プリンが崩れないよう、いつもより慎重に走って家に帰る。いつも通り玄関の扉を開け、今日は冷蔵庫に向かう。

 袋から出したプリンを冷蔵庫に入れ、明日の小テストのために勉強をしようと二階へ上がる。

 おっと、手洗いうがいも忘れないようにね。


 目を覚ますとカーテンの隙間からの光が眩しい。

 勉強中に寝落ちてしまったようで体が痛い。枕代わりの右腕がよだれでべたべただ。

 とりあえず水でも飲もうと階段を降りて冷蔵庫に向かう。

 そういえば昨日買ったプリンがあったな。夜食代わりにでも食べようと思っていたのにそのまま寝てしまったから結局食べられていないじゃないか。

 そんなことを考えながら冷蔵庫を閉めるのも忘れてキンキンの水を勢いよく飲んでいた。

 「ねぇ、キミがボクを買ってくれたの!?」

 お高いプリンが喋った。

 自分でも何を言っているのか分からない。なんならびっくりしすぎてちょっと水を吹き出した。

 でもこの状況を示すのはこの言葉しかない。プリンが喋ったのだ。

 「?ねえねえ、きいてる?顔がちょっと怖いよお。」

 思わずプリンを凝視して眉間に皺が寄っていたようだ。

 そりゃそうだ。プリンが急に喋ったのだから。

 なんてぐるぐる頭を働かせながらとりあえず答える。

 「う、うん、買った。」

 「そうだよね!ありがとう…!」

 なんでこのプリンはこんなに目を輝かせてこんなことを聞いてくるのだろう。いや、正確に言うと目はないのだが、表情までわかるような話し方をしているというか、なんというか…。

 「なんでそんなこと聞いたんだ?」

 「えっとね、ありがとうって言いたかったんだ。」

 「食われるのに?」

 「うん、それが嬉しいんだ。」

 なんだこのプリンは。食べられたらそこで終わりだろうに、食べられることを嬉しいと言う。

 人間が死ぬことを恐れるように、このプリンだって食べられるのを恐れているものではないのだろうか。

 そんな疑問を読んだかのようにプリンは語り始めた。

 「ボクね、仲間がシールを貼られるのを見たの。しばらくしたらその仲間たちはどこかへ連れてかれちゃった。その後二度と会えなくなったんだ。」

 「…ボクね、会えなくなった仲間がどうなったか、ちょっと予想がついちゃって。店員さんが持ってたカゴには『廃棄』って書かれてたんだ。」

 「それがとっても怖かった。だから昨日、ボクにもシールが貼られてからはずっと震えてたんだよ。」

 「不安で不安で遅くまで眠れなくて、そこで急に眠っちゃったんだと思う。起きたら暗いここだったんだもの。」

 確かに、商品は誰にも買われなかったらそのまま廃棄されることが多い。廃棄されるものを店員が持って帰れるのは一部の店だけだろう。そのシステムを使って商品を奥に隠して廃棄まで待つ不正なんていくらでもできてしまうから。

 商品からしたら、あの値引きの赤いシールは廃棄の予兆になるのかもしれない。廃棄が嫌ならあの赤いシールも嫌になるだろう。

 でも、食べられるのも同じことではないのだろうか。

 「ねえねえ、もっとボクに聞きたいこととかないの?」

 「…なあ、生きる意味ってなんだと思う?」

 別に深い意味なんてない。ただ、この質問をプリンにしたらどう答えるのか、気になってしまった。

 こんな繰り返しの毎日を続けることの意味を、こいつはなんと言うのだろうか。

 「うーん、ボクは生きた事がなくてよくわからないよ…。」

 それはそうだ。プリンはプリンだから、生きることを知らない。

 なら何故廃棄を怖がるのだろう。

 「なら、生きてないのに何故廃棄を怖がるの?」

 「確かに生きてはいないの。でもね、人間に例えたら僕は生きてるの。」

 言っていることが分からない。そもそもなんでプリンが喋ってるんだ。それもずっと分からない。

 どうやら続きがあるようだから何も言わずにそのまま耳を傾けたままにして次の言葉を待った。

 「人間は死ぬんでしょ?それはボクたちが食べられたり、廃棄されるのと同じ感じ。」

 「人間はどうやって死ぬのが一番幸せかって、きっと一般的なのは寿命ってやつなんでしょ?来るべき時に来た終わりを受け入れる。」

 さっきと中身が変わったかのように達観した言葉を、幼いトーンで話すものだから少し不気味に思えた。だけど何故か心の奥にストンと落ちるような説得力がある。

 「そうかもしれないね。大人達はみんなそれを望んでいるように思えるよ。」

 「でしょ?みんな望む死に方があるように、ボクだって望むものがあるんだ。」

 「人間で言う寿命ってやつが、ボクたちにとって食べてもらうことなんだ。」

 「廃棄との違いは何?」

 「廃棄は…勝手に生み出されて、要らなくなったらゴミ扱いで急に殺されるんだ。」

 一瞬、大袈裟な表現だと思った。だけど、冷静に考えたらそうだ。

 人間に例えたらその通りで残酷な終わり方なのだ。理不尽に殺されるなんて、ごめんだ。

 「それに比べて食べられるのは、誰かを幸せにすることなんだ。食べられた後はただ消えてしまう訳じゃない。ボクがキミのエネルギーに、力になれるんだ。きっと、人間が望む寿命ってやつよりももっと幸せだと思うんだよ。」

 「キミも何度かやったことがあると思うけど…消費期限切れで捨てられるのが、一番悲しいことなんだ。」

 そう言われて思い出す。

 大好きなシュークリームを、特別な時に食べようと取っておいていたら忘れてしまってそのまま腐らせてやむを得ず捨ててしまったことがあった。

 それは彼らの買ってもらえたという希望を踏みにじる行為で、買われず捨てられるよりも苦しかったはずだ。

 そう思うと、一気に罪悪感が心を占める。

 「…ごめん。」

 「んーん、ボクが伝えたから、これから気をつけてよ。それならきっと捨てられちゃった子も報われるよ。」

 「もちろんこれからはずっと気をつけていくよ。誓うよ。」

 「ね、今のボクを生きているって表現するなら、生きる意味ってちょっとわかる気がするんだ。」

 「ボクはね、きっとキミに食べてもらうためにここにあるんだ。だから、捨てられたりするのは嫌だ。人間が望む死に方があるように、ボクは食べられたいんだ。それが幸せなんだ。…なんていうか、死ぬために生きているみたいだね。」

 「…」

 何も言えなかった。理不尽に殺されることに変わりはないのに、その中でも幸せを選ぼうとする言葉が美しいと思った。

 「ねえ、消費期限、もうすぐ切れるよ。」

 「…わかった。その、食べてもいい?」

 「もちろん!できれば美味しく食べてよ。それなら二倍幸せだ。」

 君はそう、笑顔で言った。

 「ちょっと、冷蔵庫開けっぱなしでなにしてんのよ!」

 いつの間にか起きていた姉にひっぱたかれてはっとした。冷蔵庫のピーッピーッという音さえ耳に入らないほど、プリンとの会話に夢中になっていた。

 だからと言ってプリンと喋っていた、なんて言っても頭の固い姉には信じてもらえないだろう。

 「ごめん、閉め忘れた。」

 プリンを出して、冷蔵庫の扉を閉める。

 「もー、ずっとぴーぴーうるさくて休みなのに起きてきちゃったじゃん。」

 イライラしている姉を横目に、何か、中の気配がなくなったプリンを見つめた。もうきっと話せないんだ。


 「いただきます。」

 スーパーの小さなプラスチックスプーンで一口すくってぱくりと食べる。流石お高いプリン。すごく美味しい。

 咀嚼すればするほど上品な美味しさが広がる。

 底に残ったカラメルソースもカップごと傾けて残さず飲み込めば、彼はもう、いなくなった。自分の中のエネルギーになった。


 ◯月✕日

 今日はプリンと話した。自分でもよくわからないけど。

 あのプリンのお陰で気づけた。食品を作って、理不尽に殺すのは僕たち人間だ。

 残酷に死ぬか、それとも幸せに望んだ死をもたらせるかは僕たち人間次第。彼らはそれを選べない。


 僕は、彼らも生きているのだと思う。

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ぼくとぷりん 家庭菜園きゅうり。 @haruponnu

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