第34話 突然の『気付き』

 ウルホ湖で完全な形の魔石ケントルを回収後、残り二か所の討伐を軽く終え、私たちはパティのいる広場へと戻った。

「早かったやん。例のヤツはどんだけ手に入った?」

「今日だけで12個。他に、これまで溜めてあった分が16個」

「やるやん」

「グランファとマドカを移動中、偶然に兎型魔獣ラティブと出くわしちゃったこともあったから」

「そりゃラッキーやったな。ほな、いくで」


 私たちはパティに続いて細い路地へと入る。

(やっぱり、この道で合ってるよね? 私、ちゃんとこの通りに進んだよね? なんであの日は、お店に辿り着けなかったんだろう)

 そんなことを考えていた時だった。

 例の魔石ケントルの破片の埋め込まれている壁が目の前に立ち塞がった。

 レオポルドたちが、この向こうに店があると言っていた場所だ。

 不思議なことに、パティが近づいただけで壁の一部が開き通路が現れた。

「えっ? なにこれ? 自動ドア?」

「また、わけわからん事言っとんな」

「だって、こんな場所が開くの初めて見たんだけど! どういう仕組み?」

「前も通ったやろが。……あ、そっか。あん時はアンタ、キョロキョロ周りばっかり見とって、これに気付いとらんかったんやな」

 パティは胸元からペンダントを引っ張り出す。

 それはたまご型をしていて、一見螺鈿らでん細工のようだった。

「このキラキラしてるの、魔石ケントル?」

「せや」

 パティが石壁の一部を指差す。そこに並んだ魔石ケントルの欠片で作られた模様は、パティが首にかけているペンダントと同じ形だった。

「魔力の鍵や。これがないと、この通路は開かへん仕組みになっとんねん」

「何、その不思議技術!? この国の人、魔法は使えないって言ってたよね?」

「魔法は使われへんけど、魔石ケントルには魔力の残滓ざんしがあるからな。何かと役に立っとるんや」

 買い取られた魔石ケントルの使い道の一端が、ここで判明したかもしれない。

「ほら、さっさと行くで。ここでいつまでも立ち往生しとったら、他の人間が来てまうやろ」


 28枚の赤い石は、無事56万カヘへと換金された。

「赤いのばかりじゃ欲しがる人間も徐々に減る。そうなりゃ相場も下がる。違う色のも持ってこい」

 隻眼の髭面男は、じろりとこちらを見ながら低いしゃがれ声で言った。



 パティは前回と違い、すぐに全額を私に渡してくれた。

 潤沢な資金を得て、討伐の依頼もクリアし、私たちは『金の穂亭』で空腹を満たす。

 そして、部屋へ上がりベッドに寝そべり、一息ついた時それはふいに訪れた。

(あ……)

 唐突な寂寥せきりょう感。

 この世界へ来て以来、次から次へと襲い来る刺激的な出来事に、私は自分の心をどこか置き忘れていたのかもしれない。

 懐が潤い、柔らかな寝床と温かい食事のある生活に戻り、心に余裕が出来たことで、頭が急に今の状況を理解したのだろう。

(私、今、別の世界にいる……)

 突然の『気付き』だった。

 元生きて来た世界を離れ、私は遠い場所にいる。

 戻り方のわからない異世界に。

 自分の趣味で彩ったあのワンルームマンションに、それまでの全てを残して。

(……!)

 何気なく手を入れたポケットの中にそれはあった。

(レオポルド……)

『けもめん』の黒豹獣人のラバーストラップのついた、自宅マンションの鍵。

 それを目にした瞬間、一気に感情が堰を切ってあふれ出した。

「ぐす……っ」

 予期せず胸を突き上げて来た衝動に、つい鼻をすする。

 皆がこちらをふり返る気配を察し、私は慌てて顔を背けると、ベッドから滑り降りた。

「ちょっと散歩してくるね!」

「散歩て。外はもう真っ暗やで?」

「夜風に当たってくるだけ」

「アリス、ボクも!」

「皆はここにいて」

「……分かったなの」


 皆に顔を見られないようにして、私は早足で『金の穂亭』の裏手へと回った。

 積んである樽を背に、ずるずるとしゃがみ込む。

 レオポルドのラバーストラップを取り出し、お守りのように両手で持つと、そこへ雫がぽたぽたと落ちた。

「ふっ……うぅう……」

 せりあがる嗚咽。

 なぜだろう、元の世界にそれほど未練があったわけじゃない。

 親との関係はいまいちで、一人暮らしを始めた時は開放感に満たされていた。

 会社だってそれほど居心地のいい場所じゃなかった。

 きっとあのままいても、神室さんとのことで岡名さんに目を付けられ、ギスギスした職場環境になっていただろう。

 それでも、SNSを通して同じ趣味で繋がった友人はそこそこいた。

 イベント更新や発売を心待ちにしているゲームもいくつかあった。

 行ってみたいスイーツのお店や、旅行で訪れたい温泉宿もあった。

 それら全てに、もう手が届かない。思いの外大きな喪失感だった。

「うっ、ううっ、ふっうぅう~……」

 声を殺して私は泣く。

「レオポルドぉ……」

 私がその名を口にした際、頭にあったのは『けもめん』のゲーム画面だった。いわば、もう手の届かない元いた世界の象徴。元の世界への呼びかけへの代表として、私は無意識のうちにその名を選択していた。

「ふっうぅう~……。ぐっ、ぅ……うぅ……。レオ、ポルドぉ……、うっ、うぅ……」


 ふと、わずかな空気の揺れを髪が感じ取る。

 顔を上げた先には、魔獣人のレオポルドが立っていた。

「レオポルド……」

「……」


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