第32話 舞い戻ったオレンジ頭

 オレンジ色のポニーテールを揺らしながら、パティはジョナスに馬乗りになると、胸倉を掴んで揺さぶった。

「アリスはなぁ! アンタごときが、やすやすと嫁さんにしてえぇ子やないんやで!! この子はなぁ! 唯一無二! 誰一人として替えのきかん子なんや!!」

「パティ!?」

 私の声に、パティがギクリと肩を揺らす。そして気まずげに、不器用な笑みを浮かべた。

「お、おぅ。久しぶりやな、アリス。これはな……」

「パティ!!」

 私はパティの首に飛びついた。

「おぶぁっ!?」

「いつ帰ってきたのよ!? 急に姿を消すからびっくりしたんだからね!?」

「いや、先に姿消したん、アンタやん」

「そうだけど! 次に会えるのが数年後かもしれないって聞いて、私……!」

 ぼろぼろと涙が頬を伝う。

「ごめん、ごめんね、パティ! 私、パティがどれだけ私たちのために頑張ってくれていたか、理解してなかった。パティがいなくなって初めて、パティの存在の大きさに気付いたの」

「おぅ……」

「パティ。私、また前のように、パティと一緒にいたい。だめかな? もう、許してもらえないかな?」

「……別に、許すとか許さんとか」

 パティは私から目を逸らし、ぽりぽりと頬をかいている。

「そこまで言うなら、仲良ぉしたってもえぇ、かな……」

「パティ! ありがとう! ごめんね!」

「あのぉ……」


 パティの尻の下から、か細い声が聞こえて来た。

「どいてもらっていい?」

(あ……)

 ジョナスの存在を完全に忘れ去っていた。

 パティが腰を上げると、ジョナスはのそのそとその下から抜け出した。

「えぇと、ジョナス。さっきの話だけど」

「いや、もう分かったんで」

(分かった?)

 服のほこりを払い落しながら、ジョナスは立ち上がる。そして荷物を背負うと振り返り、涙を浮かべた目でこちらを見た。

「アリスには心に決めた人がいたんだね。俺、潔く身を引くよ!」

(え?)

「思い出と、美味いトロイストをありがとう!」

 キラキラと朝日に涙を光らせながら、ジョナスは店から飛び出していった。

 取り残された私たちは、顔を見合わせる。

「……なんや、妙な誤解して去って行ったけど、えぇんか?」

「うん、別に。むしろ穏便に諦めてくれて、助かったかも」



「っちゅーわけで、うぃーっす!」

 四人分のニシュドカを手に、私とパティは部屋に戻る。

「今日からまた、ご一緒させてもらうわ」

 ひらひらと手を振るパティに、ケモ達は怪訝な表情を浮かべる。

「あれ? 二人とも、パティのこともう忘れちゃった?」

「いや、忘れてはいない。だが、もういいのかと思ってな」

「もういい?」

「パティ、ボクたちがここに戻って来た日、マスターの足元にいたのなの!」

「あぁ、カウンターの影にな。もう隠れなくていいのか」

「え?」

「ちょ、ちょぉおい!!」

 パティが焦った表情で大きく手を振る。

「な、何言うとんねん! アカンで、そないな嘘言うたら!」

「嘘じゃないなの」

「あぁ、ずっと近くでこの女の匂いがしていたからな」

「部屋もすぐ近くだったなの。二つ隣の部屋に泊まっていたなの」

(なんだってー!?)

「パティ?」

「ちゃうて! ちゃうんやって!」

 パティの目は完全に泳いでいる。どちらが本当のことを言っているか、一目瞭然だった。

「レオポルド、コリン! 知っているなら、なぜ教えてくれなかったの?」

「知りたかったのか、すまない」

「アリス、パティを放っておくようにボクたちに言ったなの!」

 言ったねー。

 なるほど。

 パティが今どこにいるか、聞けば二人とも教えてくれたのかー、そっかー。

「パティ、どうして姿を消したふりをしたの?」

「いや、ほら、顔を合わすんが気まずいっちゅーかぁ……」

「アリスの中で価値が最高潮になるまで隠れてるって、言ってたなの!」

「ちょ!?」

「あぁ、マスターとそう話していた。泣いて足元に身を投げ出して拝むまで、とも」

「全部聞こえとったんかい!」

「パティ……」

「ちゃうちゃうちゃう! ちゃうんやて!! これは……!!」

 私はパティにハグをする。

「ふぇ!?」

「……いいよ。遠くに行ったんじゃないなら、良かった」

「アリス……」

 パティの体からこわばりが徐々に取れる。

 やがて、耳の側で照れくさそうな声がした。

「その……。また、よろしゅう頼むわ」

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