第22話 提出できない完全な石

 疑問は、すぐに氷解した。

「そういうことか……」

 今、コリンの足元に数個の赤い魔石ケントルが転がっている。傷一つない、完全な形の、兎型魔獣ラティブのものだ。

 ここウルホ湖では戦闘など起きなかった。私たちが兎型魔獣ラティブの群れを見つけ、近づいただけで、それらは全て金色の光に変化し、コリンの中へと吸い込まれたのだ。

(コリンは兎型魔獣ラティブしか吸収しない。つまり同種のものだけが、こうなるってことか)

 まだコリンでしか確認できていない現象のため、確証はないけれど。

(他の魔獣も魔獣人にしてしまえば、同じことが起こるのかな)

 これまで討伐してきた魔獣が頭に浮かぶ。

鼠型魔獣ユズオム猫型魔獣クタントもキスで魔獣人に変えてしまえれば、それらの魔石ケントルも完全な形で?)

 にまぁ、と頬が緩む。

(鼠型と猫型のショタ魔獣人も仲間に出来た上で?)

『けもめん』にいたそれぞれの造形を思い浮かべる。

(最高じゃない!)

 この世界に来たばかりの時は一文無しで、パティからの借金に負い目を感じながら過ごす毎日だったけど。

(いける! これならパティがいなくても余裕でやっていける!!)

 この世のあまねく魔獣にキスをして魔獣人に変え、完璧な魔石ケントルでがっぽがっぽ稼ぐイケモフパラダイスの日々!!

(魔獣に苦しめられている人も救えるし、いいことづくめじゃない! 最高!!)


 が、「金の穂亭」で魔石ケントルの提出をした際、一つ問題が起きてしまった。

「こっちが猫型魔獣クタントで、鼬型魔獣ヴェルヴィーで……。ん? アリス、兎型魔獣ラティブの石はどうした? 依頼は失敗か?」

(しまったぁあ! そうだった!)

 兎型魔獣ラティブは全てコリンが吸収したため、今日入手した石は全て傷一つない完全な形のものばかり。

(あの裏通りにあった換金所のおじさん、確か言ってたよね。これが表に出回れば大騒ぎになる、って)

 ならばここに出すわけにはいかない。

(一旦移動して、どこか物陰で粉々に砕いてから提出する? でもそれじゃ……!)

 今日手に入れたものは全部で6個ある。あの店へ持って行けば12万カヘだ。けれどこちらで受けた「兎型魔獣ラティブ討伐」の報酬はたったの8000カヘ。

(12万を捨てて8000カヘ受け取るのはいやぁああ!)

 そんなことになるくらいなら、依頼を失敗したことにした方がましだ。たとえ魔石ケントルハンターとしてのランクを下がるとしても!

「えっと、ごめんなさい。実は兎型魔獣ラティブのは……」

『失敗しました』、そうマスターに告げようとした時、背中をつつく指があった。

「何、レオポルド?」

「アリス、これを」

 レオポルドが差し出す袋を受け取り、中を見る。そこには砕けた赤い魔石ケントルが詰まっていた。

(あ! そっか!)

 昨日、完全な形のものが裏通りの店で大金に変わった衝撃で、すっかり存在を忘れていた。コリンがこの姿を得るより前に、レオポルドが数体の兎型魔獣ラティブを倒していたことを。そこで砕いた石も回収していたことも。

(レオポルド、ナイスアシスト!)

「失敗なんてあんたららしくもないが。じゃあ、この依頼はキャンセルってことで……」

「あーっ、マスター! ありました! ちゃんと倒してきました、兎型魔獣ラティブ!」

 私は砕けた赤い魔石ケントルの詰まった袋をカウンターに置く。

「なんだ、やってくれてんじゃないか。依頼主に残念な報告しなきゃならんと思ったぞ」

「す、すみませぇん。ついうっかり忘れてて」

「忘れてた? 魔獣を倒したことを忘れてたってのか?」

「えへへ……」

「たいしたタマだぜ、全く。あんたらにとっちゃ、その程度のもんってことかねぇ」

 言いながら、マスターは報酬をカウンターへと並べた。

「ところでアリス、あんたパティとケンカでもしたのかい?」

「えっ?」

 2万2000カヘを財布へ入れようとした私に、マスターが問いかけてくる。

「いや、昨日、突然部屋を分けろなんて言うからよ。パーティー追放ってやつかい?」

 それじゃ私らが悪役で、パティにざまぁされる立場じゃない!?

「違います。単純に借金を返済し終えたからです」

「借金?」

「はい。私、彼女に借金してたんです。それで、返すまでは逃がさんって言われてて」

「はは、パティらしいな」

「一緒にいた理由はそれだけです。パーティーでもなんでもなく。だから完済した今、彼女と一緒にいる理由はありません。ただの債権者と負債者の関係ですから」

「つれない言葉を使うねぇ。わしの目には、あんたら結構仲がよさそうに映ったがな」

「……」

「おっと、余計な口出しだったな。悪い悪い。ただ、パティのやつがかなり寂しそうにしてたからよ。あいつのことは昔から知っているし、つい気になっちまってな。まぁ、あんたらにはあんたらの事情があるんだろうさ。それで、今夜も泊っていくかい?」

「いえ、今から隣の町へ移動しようと思います」

「今から出発したら、着くのは夜中過ぎちまうぞ?」

「私たちがいると、またパティが昨夜のような騒ぎを起こすかもしれませんので」

「あー、ははは……、あれなぁ。うん、分かった」

「それじゃ、お世話になりました」

「おう、またいつでも来てくれ」


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