第8話 未練と記憶の混じる夢
(ここは……)
私は自分の部屋にいた。
そうだった。今日は『けもめん』のカフェイベントが始まる日だ。
ベッドの上は居心地いいようにクッションを並べて。
イベントの雰囲気をしっかりと味わうため、サイドテーブルにはお気に入りの香りの紅茶と、好きな店のプチフールをスタンバイ。
そして満を持して開始時刻と同時に、3万円分の石を買っておいた『けもめん』を起動させる。
「☆5限定カフェエプレオポルド、お願いします!」
私は祈りながらピックアップガチャの10連ボタンを押す。
するといきなり、画面が虹色に輝いた。
「えっ? えっ? ウソ!! もう!?」
発光した画面にうっすらとシルエットが浮かび上がる。
イベント予告で見た、限定レオポルドのものだった。
「来たぁあああ!!」
悲鳴に近い声を上げながら、私は両こぶしを天井に向かって突き上げる。
やがて光が消えると、そこには白いシャツにブラウンのカフェエプロンのレオポルドが立っていた。
三次元になって、目の前に。
(え?)
「待たせた、アリス」
(出現したぁ!?)
「まだ、終わらない」
レオポルドの艶めいた黒い指が、スマホを持つ私の手にそっと触れる。
(ぴや!?)
画面はまたしても虹色に輝いた。
「えっ? 立て続けに☆5!?」
見慣れないシルエットが浮かび上がる。
光が消えると、私の目の前にはレオポルドがもう一人増えていた。
今度は花婿姿になって。
「は? こんな衣装、初めて見るんだけど」
ガチャは次から次へとレオポルドを輩出する。
サンタ衣装のレオポルド。
ハロウィン衣装のレオポルド。
浴衣姿のレオポルド。
ハートとチョコレートがモチーフ衣装のレオポルド。
「な、何!? 嬉しいけど、こんな衣装実装されてたっけ!?」
スマホの画面は虹色に輝き続ける。
水着にパーカーのレオポルド。
「ふぉ!?」
法被にふんどし姿のレオポルド。
「ちょ!? なんかどんどん露出やばくなってない!?」
入浴スタイル腰タオルのレオポルド。
「いや、おかしいおかしいおかしい!!」
そしてラストに――明らかに何も身に着けていないレオポルドのシルエットが浮かび上がる。
「ちょおぉおおい!! よく審査通ったな、このゲーム!!」
目が覚めた。
カーテン越しにうっすらと差し込む光の中、浮かび上がる見慣れぬ天井。
背中の下の固いベッド。
少しずつ、昨日の記憶がよみがえってきた。
(あぁ、そっか……)
私はBBQの最中に吊り橋から落ちて、異世界らしき場所に来てしまって……。
布団をかぶり直し、ごろんと寝返りを打った。
(え?)
目の前にあったのは優しく私を見つめる、一対のペリドット色の瞳。
「おはよう、アリス」
耳に届いたのは低く甘い静かな声。
「お、おはよ……」
私が挨拶を返すと、その切れ長の目がスッと柔らかく細まる。
んん?
んんんん!?
なんでレオポルドの顔が、こんな至近距離に?
足のあたりも何だかさわさわっとして、あったかい……。
あれ? これって同じ布団に……。
「ほぁああああっ!?」
「どうした、アリス?」
布団を跳ね飛ばして飛び起きた私に、レオポルドは目を見開く。
「なんで? レオポルドが同じ布団に? ベッド別だったよね?」
「あぁ。だが物音で目を覚まし、一人寝ているアリスを見ていると、寒々しく感じてな」
「寒々しく?」
「あぁ、ほら……」
レオポルドの漆黒の指先が、私の足の甲に優しく触れる。
「びゃ!?」
「つるつると剥き出しの肌では、さぞかし寒かろうと」
こちらを見上げるレオポルドが、首を傾げる。
「我が身で温めようとしたのだが。……いけなかったか?」
「いっ……」
いけなくはないけど、心臓に悪い!!
(それにしても、なんて夢よ……)
よほど『けもめん』のピックアップガチャが心残りだったのと、昨日のレオポルドの一糸まとわぬ姿が脳裏に焼き付いてしまっていたのだろう。
「あれ?」
「どうした?」
パティが寝ていたはずのベッドはもぬけの殻だ。
あの大荷物も見当たらない。
「パティ、出てったの?」
昨日は、全部支払うまで逃がさん、と息巻いていたのに。
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