第4話 アクティブ パーソン ミキさん〈サイ〉

 彼女と俺は、別に恋仲ってわけではないんだけど、もしもどちらかがここを脱走しなければ危ういような事態に陥った時は、二人で行こうって約束してた。



 そう、俺の失敗はミキさんの失敗になる。今は一蓮托生。


 彼女の意見を無視するわけにはいかない。


 

 ***



 最初、彼女から『私の仲間になってください。助け合いませんか?』ってメモをこっそり渡された時は、危険分子をあぶり出すための看守側のトラップかと警戒したけれど、どうも様子が違ってた。


 俺の手の包帯を取り替えるために二度目に会った時、周りを警戒しながらそっと言った。


『サイさんに私を信じて貰うためなら何でもします。私に、なにか命令してみて下さい。それが出来たら信じてくれますよね? 私には本当に信頼出来る誰かが必要なんです。このままでは精神が耐えられないんです。頭がどうにかなってしまいそう‥‥‥』


 女の子にそこまで頼られたらね。俺だって断れないよ。


 ミキさんは同じイスターン人の信頼出来る仲間、心の拠り所になるような存在を必死で探していたんだろうけど、俺が断ったらこの調子じゃ次に声をかけた人よっちゃ、ミキさんの身が危険だと思った。無防備過ぎるだろ。



 ───以来、ミキさんは知り得た内外の情報を俺に流してくれていた。


 土木作業部の俺より、衛生救護部のミキさんの方が立場的にはいろんな情報が得やすいようだった。


 自治区内に飛び交うニュースだって、隔離されてるここにはあやふやな噂くらいしか届いていなかったし、自分がいるこの奴隷宿舎の全体像だって、どういう人事体制になってんのかもわかっていなかったから、大分助かった。やっぱ情報って大事だよな。



 一度、俺以外の人にも情報を流してるのか聞いてみた。



『私がここで信用してるのはサイさんだけですから。それが答えです。声をかけたのもサイさんだけ。信頼出来る仲間は1人いれば十分です。増えれば私のリスクが高まるだけですし』



 なんでミキさんが、ここで怪我の手当てをしただけの俺のことをそこまで信じてくれるのかは不明だけど、そういう俺も今では彼女のことは信じきってる。



 ──もしかして、戦前に会ったことあったっけ? 


 覚えがないけど。俺、どことなく。いや、気のせいか。



 ‥‥‥忘れてる?



 中学高校ん時の後輩? 覚えがないな。俺が行ってた大学は、看護学部なんて無かったし。


 

 記憶がないってことは‥‥‥合コンでとか?


 大学ん時、チャラいインカレに入ってた友だちから会費集め目的で頼まれて、ビジター扱いで数回だけパーティー参加したことある。ノルマ達成しないと先輩の圧がヤバいとか泣きつくから仕方なく。そこでとか?


 いや、そんなヤリサーでちょっと見かけた男を女の子が信じるわけねーよな? しかもこの命がかかったこの状況下で。


 仕事で? いや、仕事で会った人なら忘れるわけない。こんな美人ならなおさら。



 ミキさんは、謎な人ではある‥‥‥




 ***




 俺は繁みの空洞にて、ミキさんのつむじを見つめながら、薄ぼんやりしてしまったようだ。


 この緊張MAXの時に現実逃避かよッ! 集中力途切れてる!!




 ん? 気づけば校舎内が、にわかにざわめいて来たような?


 建物内のざわめきが外まで伝わって来て、それは確信を得て来た。



 さっきまで暗かった1Fの窓に次々明かりが灯りだした。



「ヤバい? どっちか、もしくは二人ともバレたんじゃね?」


「‥‥‥いいから、こういう時こそ落ち着いて様子を窺うの!」



 焦る俺に引き替え、ミキさんは肝が据わってる‥‥‥


 俺は見習うべき? でも、この状況で焦らずいられないって‥‥‥



 全体放送が響いた。


「奴隷は直ちに自室に戻りなさい。各所警備一人と係の者は残し、残りの者らは全員、直ちに別棟2Fの元職員室の本部に集合せよ」



 ここにずっと潜んでるのも落ち着かねぇ‥‥‥


 一刻も早くここから脱出したい!



「なあ、やっぱ俺たちが逃げたことバレたんじゃね? なら、いっせーので走って金網よじ登ろうぜ」


「‥‥‥そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもほら、警備は手薄になる。見て、ゲートの警備は一人になるようよ‥‥‥」



 確かに。今の放送が入って、二人いたゲートの番兵の片方が、校舎に戻って行く。


 息を潜めて、一人が建物に入るのを見送る。




「‥‥サイさん。私の荷物をお願い。左手を上げたらすぐに私の元に来て。わかった?」


 そう言いながらミキさんは、胸元のジップを少し下げて開き、結んだ髪をほどいて手ぐしで払った。そして俺の両頬を手のひらで押さえて自分の方に向けさせた。


「何してん‥‥‥」


「ねえ、わかった?」



 俺の言葉を言葉で遮るミキさんは、今にも泣き出しそうな潤んだ目をしていたけれど、その奥には強い決意を宿してる光が見える。


「え? 待てよ、来てって、ここから出‥‥‥んっ!!!」



 ───これって!? 



 咄嗟のことだった。


 一瞬で開放されたけど、彼女の思いがけない行為に、言おうとしてたことを忘れてしまう。



「なっ‥‥なっ‥‥」



 くちパクパクしてる俺。



「‥‥‥ごめんなさい。これは御守りなの。行ってきます。私を信じて。合図したらすぐに来て下さい」 


 この大胆な行為にミキさん自身も動揺している? 声が震えてる。


「おいっ、待っ‥‥‥!!」



 ミキさんは繁みの裏から俺の手を振り払って抜けると、長い髪を夜の春風になびかせながら小走りでゲートに向かって行く‥‥‥‥



 ───今のキスの意味は? 俺に喝入れたとか??? これから何をする気なんだ!? 番兵にハニートラップでもする気?



 一人で勝負行くなんて、勝手なことしやがって───



 でももう俺たち、後戻り出来るはずもない。今開始された彼女の策を、邪魔をすることも。


 中指で下くちびるをスッとなぞってみる。



 ───キスの余韻にさえ浸れやしねぇよ。



 彼女が危険になったら瞬時に飛び出せるように、ポケットに突っ込んでいたシーツで作ったロープで二人分の荷物をひとつに縛りあげて背負った。走った時、背中からパコパコ浮かないように体にも結びつけた。


 取り敢えずの武器は腰のベルトに差した大型カッターナイフ。


 ショボい‥‥‥


 これではすぐに刃が折れてしまう。ポケットには消毒用アルコールの小ビンとライター、小さなマイナスドライバー1本。


 攻撃力も防護力も、お試し版並の俺たち。



 すぐに飛び出せるようにクラウチングスタートの体勢をとりつつ、葉の隙間からミキさんの成り行きを見守った。






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