第6話 学校No.1の実力者

翌朝、蒼埜は指定された場所に向かう。


「おはようございます先生」


「おはようございます漣さん」


火威は変わらずきっちりとしたスーツ姿で蒼埜を出迎えた。


「一氏さんは来られないのですか?」


「はい。めんどくせぇって言ってました。後で色々教えておきます」


「そうですか。ありがとうございます。では、闘技場へ行きましょうか」


蒼埜は、先生がお礼を言う必要がある?と思いながら、先導する火威について行った。



正門とは真反対の方向にしばらく歩くと、大きな扉に直面した。


「ここは先生が生徒の試合を見学する部屋です。今日は特別にここから見ましょうか」


火威が懐から鍵の束を取り出す。そして迷いなく1つの鍵を選び、鍵穴に差し込んだ。




ウオオオオオ!!



扉を開けた瞬間、大きな歓声が2人の鼓膜を震わせた。



「勝者!葛城くん!!」


「どうやら1つ前の試合が終わったようですね」


「おーすげー」


「ふふ。喜んでもらえたようで何よりです」


蒼埜は一目散に闘技場を見下す。


蒼埜たちがいるのはVIP席のようなところで、広い闘技場を上から一望できる。


蒼埜が見下ろした先にあるのは、楕円形のような大きなスタジアム。


そして中央には長方形のバトルフィールドがあり、その周りをたくさんの観客が囲んでいた。


「それにしてもすごい観客の数ですね。相変わらず火神ひがみさんの試合は人気ですね」


「火神さん?」


「昨日お伝えした学校No.1の実力者のことですよ」


この観客は今から行われる火神の試合を見たいがために集まった。



「さーて会場の皆様、お待たせしましたぁ!!早速次の試合に移りましょう!!」



会場に幼い女性のような声が響き渡る。



「今のは?」


「彼女は教師の五十嵐初楽いがらしはつら先生です。彼女は、気まぐれで試合を解説してくれます」


火威の指差した方には、マイクを持ち、全身を使って言葉を表現している女性の姿があった。


そのせいで長いツインテールが大暴れしている。


そして身長はとても小さく、一瞬教師であることを疑った蒼埜だが、すぐにその考えを振り払った。




「それでは選手の入場です!」


ウオオオオオォォォォォ!!!!


先ほどよりも一際大きな歓声が会場に響く。


すると突然、透明な何かがバトルフィールド全体を囲み、まるで結界のようなものが出来上がった。


そして次の瞬間、そのフィールドの両端に突然2人の人物が現れた。そして同時に再び大きな歓声が巻き起こる。



「今のなに?」


「今あそこに立体仮想空間ができました」


「リッタイカソウクウカン?」


蒼埜は聞きなれない言葉に機械のような言葉で反復した。


「はい。今あそこに立っている2人は仮想体です。本人たちは今、別室にある大きなカプセルの中で眠っているでしょう。そのカプセルの技術で、全ての感覚をあの空間にいる仮想体と共有しているのです」


「んー」


さらに頭を捻る蒼埜に、火威は簡単に説明する。


「とにかく、“普通の戦いと変わらないけど、カプセルの中にいる本人が怪我をしたり、それ以上のことが起こったりすることはない”。それだけ覚えていただければ構いません」


「なるほど」


観客に流れ弾が当たることもないですね、と加えて火威は一度説明を区切った。



「まずはこの方!!学年ランキング20位!!3年2組の真鍋勉まなべつとむくん!!」


「そして!対するは凪目第一魔法高校の生徒会長兼エース!!学年ランキング1位、3年1組火神零ひがみれいちゃん!!」


その紹介に大きな歓声が上がる。


火神零。


雪のように真っ白でサラサラの髪の毛。それに負けないくらい真っ白な肌。その凛々しく気品のある佇まいは、見る者全てを魅了している。


現に観客席からは、思わず口から漏れたような「美しい」といった言葉や、黄色い声援などが飛び交っている。



「あの見た目って現実と同じなんですか?」


一方で蒼埜は別のことが気になっているようだ。


「はい同じです。衣装はそれぞれの好みに設定されていますが」


「また、仮想体をカスタムできるオプションもありますが、ポイントを競う戦いでは認められていません」


「因みに防具は禁止、武器は設定可能です」


「なるほど。苦痛は?」


「個々の感覚を元に軽減されてますよ。もちろん危機感を持ってもらうために軽減率100%ということはないですが」


「…なるほど」


質問を終えた蒼埜がスタジアムに顔を向けると、少し浮き足だったような、それでいて緊迫したような空気が流れていた。



「それでは決闘を開始します!!」


「レディーファイッ!!」



この試合、火神ひがみvs真鍋の解説をしている五十嵐先生の掛け声によって戦いの火蓋が切られた。



「すぐに終わらせましょうか」


火神が空に向かって手のひらを突き上げる。すると手のひらに魔力が丸く集まっていった。


「おっと火神選手!ただの魔力で勝つ気なのか!?」


テンションが高い五十嵐に対して、蒼埜は冷静に火威に質問をする。


「あれは昨日のガルのやつと同じですか?」


「そうですね。魔力を使った一番シンプルな攻撃“魔弾”です」


魔力を弾として発射する技だ。


「俺にもできるんですか?」


「できるには出来ますが、魔力が少ないと数発で終わるか、小分けにすると水鉄砲くらいの威力にしかなりません」


「なるほど」


蒼埜は固有魔法を持たない。生活魔法のみの人間と、固有魔法を持つ人間の魔力差は著しい。


(言い換えると、固有魔法を持つものと持たない者の差は“魔力量”ということである)




2人が会話を交わしているうちにも、火神の魔弾はみるみるうちに膨れ上がっていく。


「これはどこまで大きくなるんでしょうか!!」


五十嵐の興奮度もそれに比例するかのように高くなっていく。



「くそっ!」


真鍋が焦り気味に、腰のホルスターから銃を抜いた。


「おっと真鍋選手が魔銃を取り出した!防ぐことを諦め、やられる前にやる戦法か!?」



「出ましたね。あれは“魔道具”の1種です。魔力を流すだけで、より強化された武器として使えるのですよ」


「ん?普通の武器と何が違うんですか?」


蒼埜は過去に、普通の刀に魔力を付与する特訓をよくしていた。


「“魔力を流すだけで”というのがポイントです。例えば魔銃の場合、魔力を銃弾の形状に沿ってコーティングする必要はありません」


「なるほど」


普通の武器に魔力を付与する場合は、その武器の形状に合わせて魔力をコーティングする必要があり、イメージがとても大切になってくる。


簡単に言えば、楽に強化武器を使えるということである。


「おらっ!」


「おーっと真鍋選手!ものすごい勢いで乱射を始めたぁー!」


真鍋が火神に向かって引き金を引き続ける。


(因みに、実弾に魔力を付与している状態である。立体仮想空間での戦闘にのみ実弾の使用が特別に許可されている。)


しかし全ての魔銃弾を火神は華麗に避けた。 

それに伴って会場のボルテージも上がる。


「くそっ!」


「《生活魔法》光・光装こうそう!」


真鍋がそう唱えると、魔銃弾に光魔法が付与された。



「あれ?さっきより魔銃弾のスピード上がった?」


「よく気づきましたね。その通りです」


「生活魔法は、火、水、風、光、闇の5属性ありますが、とりあえず“光は速くなる”とだけ覚えておきましょうか」





他の属性にもそれぞれ特殊効果がある。





「《固有魔法》追尾!」

【追尾:魔力攻撃に追尾効果を付与】


「真鍋選手!ここで固有魔法を発動!」


真鍋が追尾弾を放っても尚、火神は華麗に回避し続けるが、1発だけ被弾した。


「よしっ!」


「おっと!ついに火神選手に攻撃を与えた!!これは致命傷になりうるぞ!」


すると火神の頭上に“97”という数字が出現した。


「あの数字は?」


「あの数字が先に0になった方の負けです。最初の持ち点は等しく100です」


被弾した火神だが、何事もなかったかのように立っている。


「なんと!傷ひとつついていない!!被弾する直前に、着弾点に魔力を集中させて威力を大幅に削減したか!?なんという魔力量!そしてなんという魔力コントロール力!」


「すげー」


「彼女の魔力の使い方は私も参考になりますね」


会場のボルテージが一気に上がる。


「さて、そろそろいいでしょう」


火神が掲げる手のひらには、観客席にいる人間が思わずのけぞってしまうほど、大きな魔弾があった。


「な、何という大きさだあー!!」


「でか」


蒼埜もその大きさに釘付けになる。


「《生活魔法》火・火装」


火神がそう唱えると、その魔弾に火魔法が付与された。


「火は火力が上がります」


火威はその大きさに慣れているのか、落ち着いて説明をする。


「お疲れ様でした」


火神がその手を振り下ろす。


「あ……うわあああああ!!」


真鍋が必死に逃げるが逃げ場がない。


冷徹無慈悲な火神の攻撃は、轟音と共に真鍋の仮想体を、塵も残さず消滅させた。



「な、な、なんという威力だああ!!そしてなんて容赦ないんだああ!!」


観客は先ほどとは違い、息を詰まらせて唖然としている。


「ほへーーすげーー」


一方蒼埜は、火神の攻撃に虜のようだ。


「これが立体仮想空間を用いた戦闘のメリットですね」


お互い遠慮なく攻撃できる。自分の全力をぶつけることができる。それは大きな成長に繋がるだろう。


「とは言っても、火神さんは固有魔法を見せてくれませんでしたね」


「どんな魔法なんですか?」


「それが分からないんです」


「え?」


「彼女は決闘で固有魔法を使ったことがありません。私含めまだ誰も見たことがないと思いますよ」


「へーー」


固有魔法は、自分のアイデンティティとして世に知らしめる者もいるが、出来るだけ隠して、より戦闘を有利に進めようという者もいる。


火神は後者だ。



「勝者!火神選手!!これでまた無敗記録を伸ばしましたあ!!」


会場全体に間ができた後、五十嵐の一声で再び大歓声が巻き起こった。


一方火神は、何事もなかったかのような表情をしている。


「いやーすごいものを見せてもらいましたね!次の試合も……あ!!今日の朝牛乳飲むの忘れてた!ごめんなさい!一旦帰りまーす!」


五十嵐の私情丸出しの発言に、会場の空気が一気に弛緩する。


「すごいマイペースな先生ですね」


蒼埜の隣で火威は頭を抱えていた。


「さて、決闘はどうでしたか?」


気持ちを切り替えるためか、少し声を張る火威。


「とても面白かったです。魔法についても色々教えていただきありがとうございました」


「いえ、それは良かったです」


火威は軽く微笑んだ後、真剣な表情を蒼埜に向ける。


「さて、漣さんもいよいよ来週からあの場所で決闘をしてもらいます」


「5月中に5勝していただかないと入学はできません」


火威はじっくりと間をとって、会話を進める。




「覚悟はいいですか?」


「もちろん」


蒼埜とガルの、入学を掛けた戦いが幕を開ける。

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魔法世界のかけ橋 石上三介 @Ishigamisansuke

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