C side

「わぁ!皆久しぶりー!元気ー?」


入り口付近でそんな声が聞こえると、少し離れたところはざわざわし始めた。


来た。


私もそう思って、すーっとその場から離れる。


ただでさえ、私は今日一日この女と一緒に仕事をしなきゃいけない。


できる限り業務以外では話しかけてほしくなかった。


なんで?って嫌いだからよ。話長いし。


【24時間365日ずーっと“私は良い子”】


って顔にも声にも喋り方にも書いてあるみたいで気持ち悪い。


実際、良い子かも知れないけど“頭が良い子”ではないし。


大して可愛くもないのにやたらとぶりっ子で、彼氏が出来る度に自慢して、別れる度に


わざとらしく泣く。こっちがどんなに練習とか係りの仕事で忙しくてもお構いなし。


本当、そう言うとこだよ。だから嫌われんでしょ。


あぁ、やめよ。思い出しただけでイライラする。


とにかく私はこの女が大っ嫌い。なんでこんな女に彼氏ができるんだろ?


やっぱりアレかな?


いやいや、今自分でやめよって思ったところじゃん。やめよ。



今日は、自分は出演しないとは言え、後輩達の大事な定期演奏会。


私達が卒業した高校は全国的にも有名な吹奏楽の名門校なので、演奏会の規模も大きい。


ホールは1500人入る大きなところで、当然スタッフもそれなりの人数が必要になるため、


毎年恒例で、卒業1年目の代が手伝いをすることになってる。


現役時代、パートリーダーや会計係をしていた私は、今日は受付のリーダーを任されている。


まぁ、それ自体は全然苦にならない。


ドア係みたいに退屈なところよりは全然マシ。


なんてことを考えていたら、全員揃ったみたいで、簡単なミーティングになった。


ミーティングって言っても今更なにを確認するわけでもなく、それぞれの持ち場で各リーダーに従ってねっていうだけの簡単なものだ。


終わったら早速持ち場に移動。


移動中、D子とF子が近づいてきた。


『よりによって受付にいるんだね、A子』


露骨に顔をしかめる。


「うん。ほんとそれ。まぁ、ドアで一緒になるよりマシじゃない?」


『たしかにー』


って2人同時に。ほんと、現役時代から仲良いよね。



ホールの入り口付近まで来たらさっそく設営に入る。


そうなったら女だって関係ない。受付ように長机を並べたり、皆ハキハキと働いている。


1人を除いて。


相変わらずA子はやってるフリだけ。


机なんて1度も持たない。ほんと使えない。


で、設営が落ち着いた頃に出てくる。いかにも仕事してましたみたいな顔で。


うざ



設営が終わったら細かい分担を指示して、おおよそ私の仕事は終わり。


無線機を持って各連絡係といつでも連絡できるようにする。


さて、A子もチケットもぎりに配置したし、さすがに喋ってる暇ないでしょ。


【ステージ係です。予定通り開場をお願いします】


来た。予定通りね。


【ドア係了解です。】


「受付了解です。」


無線で答えたら今度は係り全員に聴こえるように大声で言う。


「時間通り開場しまーす」


皆口々に返事をくれた。相変わらず部活のノリ。


私は正直、この感じが苦手。全員で声揃えて同じような返事して、軍隊か宗教みたい。




開場したら、あっという間。


私は皆が仕事するところを少し離れたところで見ながら、トラブルが起きないように目を光らせていた。


とは言っても、そもそもトラブルなんて滅多に起きないんだけど。


さて、ぼちぼち休憩後のことを考えておかないとだ。


それに、あの女をうまく遠ざけておかないと。帰りについて来られても困る。



入場が落ち着いてくると、A子が勝手に当日券売り場へ向かった。


出た。仕事してますアピール。


誰も頼んでないのに当日券の売上を数え始めた。


いいや、もうずっとそこにいなよ。



演奏会の一部が終わる頃、一旦皆を集めた。


「はい、じゃぁ受付チームは休憩後は各自ドア係の応援に行ってください。受付に残るのは、A子、花束を楽屋に届けたら当日券の受付をお願い。後は私と、誰か2人残ってくれる?」


D子とF子が顔を見合わせて手を上げる。ナイス。


「ありがと。じゃ2人、よろしくね。他の人は、ドアの応援をお願いします。」


ここでも皆大袈裟に返事をする。だからいいって。そういうの。




そして休憩後、花束を楽屋に運ぼうとするA子に話しかけた。


「すごい量ね。私も手伝うよ。」


うわ。すごい笑顔。いいよそういうの。気持ち悪い。


楽屋まで無言で歩いて届けた後、私はA子にお願いをした。


「ごめん、A子、今日B子と一緒に帰れる?私、どうしても苦手なんだよね。B子」


いかにも“ここだけの話”みたいな空気で。


『そうなんだ!B子、ちょっと変わってるもんね!全然いいよ!』


あぁ、頼られてると思ってくれたみたい。よかったわ。あんたが馬鹿で。


「ありがと。ごめんね」


これは、ほんのちょっとだけ本音だった。





演奏会が無事に終演して、全員集合する。


A子はさっそくB子の隣をキープしている。


幸せだね。あんた。


私は、D子とFと、他の何人かと一緒にいた。


『ねぇC子、この後どうする?』


別に解散でいいよ。とは言えない。


「んー?なんか甘いもの食べたいかも!」


また思ってもないことを。私も結構酷い性格してるわ。


そんなやりとりをしながら周りにいる子達と歩き出した。


A子とB子を横目に見ながら。


気分はよくないけど、あの2人と一緒にいるよりはマシだって、何度も自分に言い聞かせた。

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1人だけ幸せな女 日月香葉 @novelpinker

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