最終回

 2人でロープウェイに乗ったあの日から1週間。

 僕達は自宅へと帰ってきていた。


「さて…そろそろ荷開きをしないとね」

「疾風さんがやっといてください。私は代わりにダラダラしますから。適材適所ってやつです」

「キミの荷物でしょうが!」


 僕の住むアパートには雷菜さんの実家にあった荷物が送られてきていた。あの日、僕達は正式に付き合うことになった。


 報告を受けた会長は安心したような顔をしていた。

 相変わらず雷菜さんと関わろうとはしなかったけれど、それがきっとあの人なりの優しさなのだろう。


 今はそれでいい。時間は沢山あるんだ。これからゆっくりお互いを理解していけばいい。

 もし雷菜さんが困っているのなら、僕が助ければいいだけの話だ。


「はぁ…彼女に肉体労働させるなんて…これは後で甘やかしてもらわないと許せませんね」

「はいはい頑張ったら思う存分甘やかしてあげるから。さっさと終わらせようね」

「おぉ、疾風さんも私の扱いに慣れてきましたね。その調子ですよ」


 付き合い始めても雷菜さんが変わった様子はほとんど無い。相変わらず我儘を言って僕を困らせている。


「よしっ、一通りダンボールは開けたけど…収納場所も足りないし、続きはまた今度だな」

「なら今日はもう終わりですね。ダラけましょう」

「ほんっと分かりやすいなぁ…」


 荷物の殆どが着替えと日用品で埋まっている。

 雷菜さんのこれまでを考えれば多い方なのだが、それでも年頃の女の子にしては少ない気がする。


 まぁこれから増やしていけばいいさ!何せ僕達は本当に付き合い始めたんだからね!


「…改めて考えても激動だよな…」

「何がですか?」

「雷菜さんと出会ってから今日までのことだよ」


 公園で出会ったあの夜は、こうして付き合うことなんて考えもしなかった。だけど今は、彼女が隣に居ないなんて考えられない。


「大した時間は経ってないのに、初めて会ったあの夜が凄く懐かしくてね」

「懐かしくて当然ですよ。出会いを昔に感じるほど、私達は今を楽しんでるんですから」


 雷菜さんの手が僕の手をそっと握る。

 指先から伝わる熱は、思い出に浸っていた僕を現代へと連れ戻した。


「…疾風さん…お願いがあります」

「何さ急に」

「その…初めての…き、キ…は貴方から…お願いします…」

「…ぷっ、あははっ!」

「なんですか。何がおかしいんですか」

「だって!あれだけ毎日行ってらっしゃいのチューとかやってるのに!」

「うるさいです。挨拶と愛情は違うと前に言ったはずです」


 雷菜さんが照れているのか、頬を膨らませて威嚇してくる。行ってらっしゃいもおかえりも、彼女の方から始めたのに今更恥ずかしがるなんて。


「…今までのはサービスです…本気は初めてなんですから…」

「分かった。任せといて」


 雷菜さんの肩を抱き、その唇に自分の唇を重ねる。

 唇が触れ合った瞬間に雷菜さんの身体がビクッと跳ねた。どうやら相手からされるのは慣れないようだ。


「…どう?」

「…妙に慣れてるのがムカつくので減点です」

「そりゃあ一応元カノとか居たからね」

「許せません。罰としてもう一度です」

「良いよ。何度でもね」


 そう言ってもう一度、雷菜さんにキスをする。

 今度は僕の中に彼女を刻み付けるように。濃厚な味わいで脳を溶かすように。念入りにキスをした。


 僕達はこれからきっと、色んな初めてを経験する。

 彼女にとっての始めても。僕にとっての未知数も。

 だけど2人なら乗り越えて…いや、と思う。


 だって僕達はもう、独りぼっちじゃないんだから。

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我儘+優しさノイジーセッション 転校生 @Tenkousei-28

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