第11話
明瞭としない意識のまま、僕は雷菜さんと待ち合わせ場所へと向かって歩いた。
待ち合わせ場所に向かう道中、僕はずっと雷菜さんのことを考えていた。
(彼女のこと…僕は何も分かってなかった…)
会長から雷菜さんの過去を聞いて、如何に僕が何も理解できていなかったことが分かった。
ただの我儘な子供だと思っていた。だけど彼女は誰よりも孤独に我慢してきたんだ。
「ちゃんと話さなきゃ…」
待ち合わせ場所に辿り着く頃には、日も落ち始めていた。
待ち合わせ場所はロープウェイがある山の麓。仕事が終わったら一緒に乗ろうと約束していた場所だ。
「時間ピッタリ。さすがですね、疾風さん」
ロープウェイ乗り場の前で雷菜さんが僕を出迎えた。
「待たせちゃったかな?」
「いいえ、今来た所です。…それより顔色大丈夫ですか?お仕事で失敗でもしちゃいましたか?」
雷菜さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
きっと今の僕は今までしたことの無いような顔をしているのだろう。心配かけてごめんね。
「大丈夫だよ。ちょっと…悩んでるだけだから」
「…話したくなったら言ってください。聞くだけなら私でもできますから」
「今回はお金取らないんだね」
「私と疾風さんの仲ですから」
そう言って雷菜さんは微笑んだ。
初めて会った時に比べて、雷菜さんはよく笑うようになった。大口を開けて笑ったところはまだ見た事がないが、微笑なら何度も見ている。
「じゃあ行こうか」
僕達は2人でロープウェイに乗った。
他の客は居らず、2人だけで籠に乗り込む。
向かいあわせで席に座り、頂上までの長くて短い旅が始まった。
「…それで、何があったんですか?」
「こんな所で話して良いの?」
「構いません。私には見慣れたこの景色より、貴方の悩みの方が100倍大切ですから」
「そっか…キミのお父さんに会ったんだ」
「…っ」
雷菜さんの息を飲む音が聞こえた。予想していた話と違ったのだろう。僕の目の前にいる少女は、目に見えて動揺していた。
「お父さんから聞いたよ。キミのお母さんのこと…キミが今までどんな扱いを受けて来たのかも…全部」
「それで…何で疾風さんが悩むんですか…」
「僕はキミに出会って救われたんだ…本当に救われるべきなのはキミだったのに…」
元カノに捨てられたあの夜。雷菜さんと出会って僕は救われたんだ。
演技でも、利害の一致だとしても、僕を救ってくれた。横暴とも言える誘い文句も、あの時は必要とされて嬉しかった。
彼女の境遇には目も向けずに。
「僕はキミを都合のいい承認欲求材料にしか見てなかったんだ…本当に我儘なのは僕だったんだよ…こんな僕じゃキミと一緒に居る資格は無い…だから…!」
「そこから先を言ったら怒りますよ?」
雷菜さんが見たこともない剣幕をしている。
彼女の怒りは最もだろう。僕は逃げようとしてる。彼女の真実を知って、怖気付いて投げ出そうとしてる。当然の反応だ。
「はぁ…そんな事で悩んでいたんですか…」
「ごめん…」
「貴方が気にする必要はありませんよ。私も貴方に救われましたから」
「…………え?」
そんなはずは無い。だって僕は彼女の言いなりになっていただけで、家政婦と何ら変わらなかったはず。
「でも僕は…」
「貴方だけですよ。私のギターをちゃんと聴いてくれたのは」
「っ!」
「最初に会った時に『ライブハウスで演奏してる』って言いましたよね?あれ、嘘です」
雷菜さんはイタズラっぽく笑った。
僕の驚きを表すように、ロープウェイが揺れた。
「ホントはライブハウスなんて入った事ないんです。いつか行ってみたいってだけ。見栄張ってたんです」
「えっ……え?」
「貴方以外に私の演奏を聴いたのは父だけ。それも仕事があるとか言って途中までです。フルで聴いてくれたのは疾風さんが初めてですよ」
「そうだったんだ…だけど…」
「それだけで良いのか、ですか?全く鈍感ですね…私がそれだけで満足する訳ないでしょう?」
雷菜さんが溜め息を着いた時、ロープウェイが頂上に到達した。
開いた扉からヒョイと雷菜さんが先に降り、続けて僕が震えながら降りた。
「こっちです」
雷菜さんに手を引かれ、展望台にやって来る。
眼下に見える街がミニチュアのように見えた。
「…私に誰かと一緒に食べるご飯の美味しさを教えたのは、貴方なんですから。今さら気を使って離れるとか絶対許しません」
雷菜さんがイタズラっぽく笑う。夕陽に照らされた彼女の笑顔には、嘘も偽りもない。ただ美しい笑顔だけが、そこにはあった。
「疾風さん。私の我儘…聞いて貰えますか?」
「………」
僕は静かに頷いた。
ほんの一瞬の沈黙。永遠のにも感じる刹那の後、雷菜さんは口を開いた。
「貴方が好きです。私とずっと一緒に居てください」
悩んだ。
迷った。
どちらも一瞬だった。
だけど僕の本心は…頷いていた。
「本当に…僕でいいの…?」
「貴方以外は有り得ません。私は自己中なほど優しい…疾風さんが好きなんですから」
夕陽よりも美しい微笑。僕はその笑顔を一生忘れないだろう。
覚悟を決めて一歩踏み出す。答えは言葉ではなく、抱き締める腕で伝えた。
「…大胆ですね…」
「嫌いだったかな?」
「いいえ。似合わない台詞を言われるより何倍も嬉しいです」
「似合わなくて悪かったね!」
彼女が笑い、釣られて僕も笑った。
夕陽に照らされた展望台の上、僕の心にはもう迷いは無かった。
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