第10話

「父…親…?」


 突然の告白に目の前が真っ白になった。

 違和感はあった。だが結び付けるには余りにもか細くて、偶然の一致でしかないと考えていた。


「ま、待ってください!そんな偶然が…」

「私も報告された時は驚いたよ。行方不明の娘が自社の従業員の元で暮らしているなんて、偶然を通り越してもはや奇跡だ」

「報告…何で僕と雷菜さんが一緒に暮らしてるって誰から聞いたんですか?」

「坂口君が教えてくれたんだよ。休日のショッピングモールで娘に似た女性が部下と歩いているとね。それから君達を密かに観察させてもらったが…いやはや現実は小説より奇なりとは良く言ったものだ」


 驚きで言葉が出てこない。雷菜さんは謎が多い女性だと思っていたが、まさかこんなところで彼女の真実を知ることになるとは思いもしなかった。


「会長は…雷菜さんを連れ戻す為に僕を利用したんですか?」

「いや、違うよ。私は君と話がしたかったんだ。部下と上司としてではなく、娘の彼氏と父親としてね」

「なんでそんなことを…」

「少し私の昔話をさせてくれ」


 それから会長をゆっくりと自分の話をし始めた。

 彼が現在の地位に着いたのは30年前。若くして会社のトップに立った会長は、仕事に忙殺されていた。


 そんな中で出会ったのが、当時部下だった女性──恭子きょうこさんという方と出会った。彼女と会長は共に仕事に励んでいくうちに、上司と部下として関係を超え、いつしか男女としてかけがえの無い関係になっていた。


「恭子は私の支えだった。公私共に私を尊重してくれた最初で最後の女性だったよ…プロポーズは確か…私からしたんだったな」


 2人は付き合い始めてから10年という、長すぎる交際期間を経て結婚した。そして娘が──雷菜さんが産まれた。


「暫くは幸せの絶頂だったよ。だが私の幸せは長くは続かなかった…」

「一体何が…」

「雷菜が産まれてから半年後…恭子が死んだ」

「っ!?」

「結婚前から持病を隠していたようでね…私は気付くどころか疑いもしなかったよ。出産を機に持病が悪化し…間もなく亡くなった」


 そう話す会長は何処か恨めしそうで、やり切れない感情を必死に押し殺しているようだった。


「彼女を失った私は失意に暮れたよ…気付けなかった自分のことも恨んだし、産まれたばかりの雷菜も憎んだ。ある時は心中してやろうかと思った程にね」

「…………………」

「荒んだ私は雷菜と関わることを避けた。あの子を見る度に恭子を思い出し、いつか本当に手をかけてしまいそうだった」


 恭子さんが亡くなった理由は持病だ。だが悪化した原因の1つに出産があると言うのもまた事実だろう。

 愛する人を奪ったのは、また愛する人。どちらも天秤に載せるべきではなくても、喪失した心では納得できまい。


「家に金を入れ、世話は雇った家政婦に任せた。私は極力雷菜と関わらず、あの子の自由にさせていた。そしてある日…雷菜は家から姿を消した」

「それであの公園に…」

「部屋からは最低限の荷物と…15歳の誕生日に私から送ったギターだけが無くなっていた」

「それは…!」


 初めて2人でショッピングモールに行ったあの日。雷菜さんは売っているギターを見て『特別な時にだけ買う』と言っていた。

 きっと誕生日プレゼントだったのだろう。だから着替えさえも持っていなかった彼女が、ギターだけを持って公園に居たんだ。


「最低な父親だと罵ってくれて構わない。むしろ私など父親を名乗る資格すらないだろう。だけどどうか、これだけは娘に伝えて欲しい…愛していると」


 ようやくわかった。この人は不器用なんだ。

 奥さんも雷菜さんも愛していて、同時に憎むこともできてしまう。だから距離をとる事を選んだ。


 誰にとっても辛い状況の中で、自分を押し殺すことを選んだんだ。


「私から伝えたいことは以上だ。後は君達の選択に全てを委ねる」

「僕は……まだ、自分の気持ちが分かりません…」


 雷菜と一緒に居るのは楽しいし、彼女を可愛いとも思う。だけど僕の気持ちが本当に雷菜さんに向いているのかは、また別の話だ。

 もしかしたら僕は自分のエゴのために彼女を利用し、自分を肯定してくれる相手としてしか考えていないのではないか。


「…返事はいつでも構わない。答えが出た時はどんな形でも良い、私に教えてくれ」


 会長は優しく僕の肩を叩き、会社の中へと戻った。

 1人残された僕は、モヤモヤとした胸中を晴らすべく待ち合わせ場所へと走った。

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