第9話
新幹線と電車を乗り継ぐこと約4時間。僕と雷菜さんは出張先の街へとやって来た。
慣れない遠出に疲れたのか、雷菜さんは電車での移動中ずっと眠っていた。
「ほら雷菜さん!着いたよ!起きて!」
「ぅうん…いやです…」
「あぁもう!仕方ないなぁ…!」
駅に着いても起きない雷菜さんを抱えて、電車から下りる。もちろん自分の宿泊用の荷物も持っているので、両手にはそれなりの質量がのしかかっている。
「むぅ…」
「あ、起きた」
「はぁ…ようやく長旅も終わりましたか」
「ほぼ寝てたよねキミ!ほら、起きたなら自分で歩いてよ!」
駅のホームから出ると、雷菜さんはキョロキョロと周りを見渡した。その様子は単純な興味ではなく、どちらかと言うと目を疑っているようだった。
「どうしたの?何かあった?」
「ここは…どうやら間違いないみたいですね」
「もしかして来たことある?」
「えぇありますとも。何せ私の故郷ですから」
「えっ!?」
雷菜さんは証明するように、駅周辺の道案内をしてくれた。
曲がり角の向こうにある店、路地裏のゴミ捨て場、各所に配置されたポストまで。地図を1度も見ることなく全て当てて見せた。
「懐かしいですね。まさか帰ってくることになるとは思いませんでしたが…ですが好都合かもしれません」
雷菜さんは故郷に帰ってきたと言うのに、どこか不機嫌そうだった。だが同時に、何かを決意したかのような目をしていた。
「疾風さん、お願いがあります」
「急に改まって…何かな?」
「この街には観光名所になってるロープウェイがあります。お仕事が終わったらそれに乗りましょう」
「いいよ。お願いってそれだけ?」
「今は…これだけです…」
改まって言った我儘は随分と質素なものだった。
いつもの彼女ならロープウェイに乗って頂上まで行ったら、担いで山を降りろと言ってもおかしくは無いはずだ。
どうにもこの街に来てから雷菜さんの様子がおかしい。いや、多分様子がおかしいのはもっと前からだ。
「ねぇ雷菜さん…僕からもお願いしてもいいかな?」
「内容によります」
「雷菜さんのことを教えて欲しいんだ。何でもいいから、キミの話が聞きたい」
「っ!」
僕は雷菜さんのことを何も知らない。知らないままでは選ぶことさえできない。
僕は確かめたいんだ。キミを思う気持ちが、本当に僕のエゴなのかどうかを。
「…わかりました。ロープウェイの頂上で全てお話します。私のことも…全部」
「よしっ、予定も決まったし早いとこ宿に行こうか!長旅の疲れも癒さないとね!」
「そうですね。疾風さん、おんぶ」
「そう来ると思ったよ!」
雷菜さんを背負い、用意された宿へと向かった。
∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵─∵
「──その為、前期に比べて売上利益は──」
翌日、僕は本社にて営業報告のプレゼンテーションをしていた。
目の前には役員達が鋭い目付きで僕の資料を睨んでいる。この空気だけは何年経っても慣れないな…
「──以上でプレゼンを終了します。ご清聴ありがとうございました」
ようやく話したい内容が終了し、着席できた。時間にすれば30分程度だろうが、緊張していたせいかもっと長く話していた気がする。
報告会は拍子抜けするほどあっさりと終わり、僕は予定よりも遥かに早く仕事を終えていた。
(雷菜さんとの待ち合わせ時間までまだ大分あるな…)
本社のビルから出た僕はうんと伸びをしてから、緊張から開放された感覚を味わっていた。
これからどうしたものかと考えていると、背後からふと肩を叩かれた。
「はい?」
「やぁ
「か、会長!」
振り返るとそこには、僕をここに呼んだ張本人である
「やはり君を選んで正解だったよ」
「そう言っていただけて恐縮です!」
「そう謙遜し過ぎるな。この後少し話せないかな?」
「時間は…問題無いです。是非!」
「では話そうか。私の事と…雷菜のことを」
「………………え?」
会長がそう言った瞬間、僕の頭は真っ白になっていた。なんで会長の口から雷菜さんの名前が出てくるんだ?彼女と何の関係が──
「荒澤…」
「おや?気付いていなかったのかな?」
「ま、まさか…!」
雷菜さんの苗字は確か…荒澤だ。会長と同じ苗字。
雷菜さんはこの街を故郷だと言った。ここには会長の会社がある…
あらゆる点が僕に1つの真実を告げていた。
「そう…私は荒澤 総司。荒澤 雷菜の…父親だ」
今、全ての真実が明かされる──
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