29_西新宿の風景

その石は、いわゆる幽霊の持つ霊気とは少し異なる、妖気の混じったような少しおどろおどろしい感じの霊気を帯びているのが琥太郎には見えた。更に、表には発せられていないものの、何か強い「気」のエネルギーのようなものが内包されているのも感じる。


「この石から感じる気配とか、さっきカミリさんが使った黒魔術とか、どちらも僕はこれまでに見た事がありませんでした。」

「そっか。まあ日本では黒魔術はそこまで一般的に使われていないっぽいもんね。だけど最近は日本でも黒魔術が結構増えてきてるみたいよ。歌舞伎町とか大久保界隈でも黒魔術っぽい気配を何度か感じた事があるしね。琥太郎君はそういうところにはあまり行かなそうだけど、アングラ系のクラブとか水タバコのバーなんかが、店内で時折黒魔術の魔道具を使っていたりするみたいね。」

「へぇ、さすが歌舞伎町って感じですね。歌舞伎町を通る時はちょっと気にしてみます。」


その後、カミリさんは、今日はいろいろあったからもう買い物はやめておくとの事で、自宅に帰っていった。

カミリさんが一緒の間ずっと黙ってついてきていた美澪が、琥太郎と2人になったところで口を開いた。


「さっきのカミリって人の石、気持ち悪かった。」

「妖にも効果があるってカミリさんも言ってたもんね。だけど、カミリさんは悪い人じゃないと思うよ。」

「カミリって人からも、ちょっと変わった感じは受けたけど別に問題ない。風音の方がむしろ居心地の悪い気配を感じる事がある。」

「黒魔術自体が美澪にとって駄目なんじゃなくて、あの石に込められた黒魔術の効力が美澪に気持ち悪いと感じさせるんだろうね。」

「別に負ける気はしないけど、ああいう魔術とはあまり戦いたくない。」

「なんで戦う前提なの?!カミリさんは良い人だから揉めたりしないでよ。」

「ただちょっと想像してみただけだよ。琥太郎は子供の頃から平和主義者で模擬戦とか戦闘とかあまり乗り気じゃなかったもんね。ふふふっ、」


美澪に抗議の目を向けた琥太郎だったが、美澪は微笑みながらそう言った。ちょっと戦闘好きなところもある美澪だが、軽く左に小首を傾げて微笑みながら琥太郎を見ているその瞳は、何の邪心も虚飾もない、どこまでも澄んだ綺麗な瞳だった。


「「……美澪にこうして見つめられてると、昔からなんか安心するんだよなぁ。」」


「ねえ美澪、そろそろお腹空いてきたし早いところ帰ろうか。途中でスーパーに寄って帰るね。」

「うん、全力で飛ばしていいよ。」


カミリさんと別れてからも、そのまま自転車を押して美澪と一緒に歩いていた琥太郎が自転車に乗って走り出した。職安通りでJRのガードをくぐり、お滝橋通りを越えると、左手に西新宿の高層ビル街を見ながらの広い下り坂だ。琥太郎のロードバイクなら軽く30kmは出ているだろう。それでも笑顔で飛ぶように(飛びながら??)走る美澪は、琥太郎のロードバイクを事もなげに追い越していった。


「ふんっ!」


琥太郎もロードバイクのペダルを更に踏み込んで、もう一度美澪の横に並ぶ。すると美澪が、チラリと琥太郎の方を見て微笑んだ。


「ふふふっ、さっきは全力でいいよって言ったけど、危ないから無理し過ぎちゃだめだよ。」


美澪はそう言うと、更にに加速してあっという間に琥太郎を置き去りにしてしまう。


「「……うわっ、なんとなくわかってはいたけど、美澪の身体能力って文字通りの化け物級だな。」」


西新宿の高層ビルを視界の端に捉えながら、琥太郎の前を走る美澪の後ろ姿は、幼い頃にいつも見て触れていた美澪の「気」が纏われている。すっかり見慣れた西新宿の風景だが、そこに美澪が加わっただだけで、そこはとても色鮮やかで瑞々しく映った。


「よっしゃぁ!」


琥太郎も軽く気合を入れて、更に加速して美澪を追った。風を切って走る琥太郎の頬に、日中の強い日差しを浴びた、都会のアスファルトの熱を帯びる風が当たる。だがそれとは別に、美澪の後ろ姿を見ながら、胸の中にも何か暖かいものを感じられた。


「「……美澪がいる生活って、やっぱり、なんかいいな……」」




 帰りがけに、自宅近くの食品スーパーG8でお弁当とお惣菜を買って帰ると、自宅では流伽がデスクトップPCでゲームをしていた。流伽の話では、今まではおおっぴらにこうして琥太郎の私物を扱ったりしては騒ぎになるので遠慮していたらしい。しかし、日中ずっと美澪が格闘ゲームをしているのを見て、いよいよ我慢できなくなってしまったとの事だった。流伽は生前から引きこもりで、ゲームも結構やり込んでいたそうだ。

 そんな流伽に買ってきたお惣菜を勧めてみたが、別に食事はとらなくても問題ないとの事で流伽は手をつけなかった。しかし、一緒にお土産で買ってきたタケノコ型チョコレートを差し出すと、めちゃめちゃ感謝された。別に食べなくても問題はないらしいが、お菓子は食べたいらしい。


「「……今まで流伽にも迷惑をかけてたわけだし、今度は何かもうちょっと高級なお菓子を買ってきてあげるかな…」

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