25_模擬戦

酌威の全身から妖気が噴き出した。先程事務所の中で妖気を放出した時よりも遥かに強い妖気だ。


「俺も、いつでもいいですよ。」


琥太郎がそう返すと、酌威はニヤリとしながら右手を正拳突きの時のように後ろに引き、握った拳を開きながら前に突き出した。その瞬間に強力な妖気の塊が琥太郎に向かって打ち出された。しかし、その強力な妖気の塊は、琥太郎にぶつかるほんの数十センチ手前でボンッと霧散する。だが霧散した妖気の塊のすぐ後ろには、妖気を打ち出すと同時に一気に間合いを詰めてきていた酌威がいた。


「おっ!」


15m程あった間合いを一瞬で詰めてきた酌威のスピードに琥太郎も目を見張る。酌威は自らの持つその強大な妖気を纏う事で身体強化を行い、通常の肉体のスピードを遥かに凌駕したスピードを体現させているようだ。間合いを詰めてきた酌威は勢いそのままに、琥太郎の胸にむけて右手で手刀を突き出してきた。


シュバッ


尋常ではないスピードの酌威の手刀だが、手刀が纏っている「気」に反応させて琥太郎はその手刀をさばく。酌威は続けざまに両手で手刀の連撃を仕掛けてくる。突き、薙ぎ、そのどれもが強力な槍や斧のように鋭く重たい攻撃だ。更には手刀とともに超重量級の蹴りも織り交ぜてくる。

 琥太郎の体術は、幼い頃に河童の十兵衛爺さんに習って身につけた技術のみだ。酌威の纏っている「気」に反応もさせているとはいえ、幼い頃に習った技術だけでは到底酌威の超速の連撃を全て捌く事などできない。しかし、琥太郎が捌きれなかった攻撃でさえも琥太郎に届かない。琥太郎の捌きをすり抜けた酌威の手刀攻撃は琥太郎の体に触れる直前に、磁石の同じ極同士を近づけた時のように、その軌道が琥太郎から逸れてしまう。超重量級の蹴りは、琥太郎が足を上げて受けの姿勢を取れているかどうかに関わらず、琥太郎の纏う「気」によって、巨大なクッションを蹴っているかのように衝撃が吸収されてしまい、やはり琥太郎に届く事はなかった。


「「……うわっ、全然捌ききれてないよ。久しぶりに体術もちょっと練習しとくべきかなぁ。」」


琥太郎がそんな事を考えながら酌威の攻撃に対処していると、酌威の攻撃がほんの一瞬止まったように見えた。しかし次の瞬間、琥太郎に酌威の強烈なタックルが入った。琥太郎も基本的なタックルの切り方は身に着けているが、酌威のタックルは琥太郎の技術で切れるようなものでなく、酌威は完全に琥太郎の腰のあたりに入ってきた。そのまま酌威は両手を琥太郎の腰の後ろでクラッチして琥太郎を抱え込む。しかしそれも正確には琥太郎の「気」に阻まれていて、クラッチしている酌威の腕や体と琥太郎の体の間には、琥太郎の「気」による僅かな隙間が空いた状態になっていた。

酌威はスープレックスで琥太郎を地面に叩きつけようとするが、琥太郎の体に触れる事が出来ていないので、当然琥太郎を持ち上げる事が出来ない。更に琥太郎は自身の「気」によって、その場に自分の体を固定しているので、酌威が前後左右に琥太郎を動かそうとしても琥太郎が酌威に動かされる事は無かった。

スープレックスによる攻撃も出来そうにないと悟った酌威は、即座に手を離し、再び一瞬で琥太郎から15mほど離れた位置に移動して距離をとった。


「ふんっ、ここまでやるか…」

「酌威さん、そろそろ俺からも少し攻めますよ。」


「「……酌威さんって、基本は体術がメインみたいだからそれに付き合ってみるか…」]


体術に付き合うといっても、酌威の方が技術もパワーも遥かに琥太郎より上だ。そこで、琥太郎は「気」を操作して酌威をその場に固定しつつ、酌威の纏う妖気を後方にはがし取りながら燃やしていく。酌威の体から大量に噴出する妖気を琥太郎が奪い燃やしていくので、酌威の背中から上空に向けて巨大な炎が立ちあがっていた。

 酌威は琥太郎に妖気を奪われ続けるため、身体強化も出来ない状態となっていた。そこへ「気」による身体強化を施した琥太郎が一気に距離をつめ、その勢いのままに、「気」を纏わせて強化した拳を酌威の鳩尾へと突き刺した。


「ぐふぉっ」


身体強化を行えていない状態で鳩尾に琥太郎の強烈な中段突きをくらった酌威は、口から血の混ざった胃液を吐きながら前のめりに膝をついた。


「「……やべっ、やりすぎちゃったかも…」」


琥太郎は慌てて「気」による酌威の固定を解いて、妖気を奪い取るのもやめた。


「うぉーーーっ!」


琥太郎が酌威の妖気を奪い取るのやめると、膝をついていた酌威は上を向いて大きな咆哮をあげた。すると、酌威の全身の筋肉が二回りほど大きく膨らむ。額に生えている2本の角も、先程までよりも太く長く伸びている。再び立ち上がった酌威は身長も少し高くなったようだ。そのまま四股立ちの姿勢となり、両拳を腰の位置へ引いた。


ゴゴゴゴゴゴッーーーー


酌威の体の前に膨大な量の妖気の塊が、強烈に圧縮されながら徐々に膨らんでいく。あまりの妖気の濃さに、地下訓練場全体がビリビリと震え始める。妖気の塊は地面から浮いた状態になっているが、その赤黒い妖気の塊の下の地面は、酌威の妖気の圧によって抉れていった。強烈に圧縮されながら膨らむ酌威の妖気は瞬く間にゆうに2mを超える大きさにまで膨らんだ。

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