21_ムギとミックとアカとアオ

「はぁっ?マジっすか?? いや、案内しろと言われればもちろん連れて行きますけど、さっきも言ったようにうちには血の気が多いのがいっぱいいるっすよ。しかも、俺達は下っ端なんで組の中でも弱い方なんすけど、事務所に行ったら俺達なんかよりずっと強い妖ばっかりっすよ。」

「そうっすね。多分事務所に行けば、うちの兄貴とか親分なんかもいると思うんすけど、若頭で酒呑童子の兄貴は特に、この辺の妖で相手になるようなやつなんかいない位超強いっすよ。さらに親分は、その兄貴ですら敵わないっていうし。そんなところに普段から睨まれてる人間の兄さんが行ったら、いくら兄さんでもどうなるかわかんないっす。」


なんだか犬の妖と鼠の妖が琥太郎の事を心配してくれている。しかも、いつの間にやら琥太郎の事は兄さん呼ばわりになっている。ついさっきまでは有無を言わさず琥太郎を攻撃してきていたにも関わらず、なんという変わり身の早さだろう。まだ大して時間は経っていないが、いわゆるストックホルム症候群(犯罪被害者が拘束下で加害者に共感や好意を抱くようになってくる現象。)ってやつなんだろうか。まあ、動物と同じで、自分より強いと認めてしまえば、案外簡単に従ってくれるのかもしれない。


「なんか心配してくれてありがとう。だけど、俺たぶん大丈夫だから、やっぱり事務所まで連れて行ってもらえないかな。」

「兄さんがそこまで言うなら、わかりやした。俺達は花園組のもんなんで、兄さんが組の連中に手を出されても、おおっぴらに助けてあげる事は出来ないんですが、そこんとこは許してください。じゃあ、事務所はこっちです。へい、アカ、アオ、行くぞ。」


犬の妖が、まだ地面に座り込んでいる鬼達に声をかけた。鬼達の名前はアカとアオらしい。赤鬼と青鬼なんだろうか。なんだかベタな名前だ。


「カミリさんすみません、俺、ちょっと彼らの事務所まで行ってきますけど、カミリさんどうします?」

「ちょっと、琥太郎君てば。やってる事無茶苦茶だよ。相手は妖だよ。しかもヤクザなんでしょ。もお…、だけどここで1人にされちゃうのも怖いから私もついて行くよ。琥太郎君の事が本当になんだか訳わからないけど、とにかく琥太郎君を信じるからね。」


犬と鼠の妖の後に琥太郎とカミリさんがついて歩いていく。さらにその後ろからアカとアオがヨタヨタ歩いてついてきていた。先程妖を地面に積み重ねた時に一番下になっていたアカはまだ足元がおぼつかないようだ。

ちょっとやりすぎたかなと思いつつ、時々後ろを振り返って辛そうに歩いている鬼達を見ていたら、アオと目があった。


「お前、兄貴には絶対にかなわない。覚悟しておけ。」

「んっ? まだ脅してるの?」

「脅してるんじゃない。兄貴は強い。お前が兄貴に会ったらただじゃすまない。だから警告してやってる。」

「そうか、じゃあありがとうっていうべきなのかな。まあ、どうなるかわからないけど、とにかく会ってみるよ。」


鬼達も、言葉はぶっきらぼうだが、既に琥太郎に対して敵意はないようだ。


「ところで、せっかくだからそちらさんの名前も教えておいてよ。あっ、俺は琥太郎ね。あとこちらはカミリさん。」


琥太郎が犬と鼠の妖に向かってあらためて名前を名乗り、更にカミリさんの事も紹介した。カミリさんはちょっと警戒しつつも、上目遣いで相手を見ながらペコリと頭を下げていた。


「俺は送り犬のムギ、こいつは旧鼠のミックっす。」


彼らは普通の人間からは見る事が出来ないが、道端の他の妖達が先程からいろいろと声をかけてくる。


「あらムギちゃんとミックちゃん、ちょうどよかった。イノシシ肉がいっぱいあるから少し持っていかないかい。旦那が田舎ででっかいの狩ってきたんだよ。」

「おおっマジか。ありがとうおばちゃん。こないだもらった鹿肉もめちゃめちゃ旨かったよ。」

「そうだろ、狩りたてを私がさばいてるからね、変に血抜きしたりもしないから旨味も違うだろ。」

「そうなんだよ。あのダラダラに血が滴ってる肉は都心じゃなかなか食えねえからなぁ。おばちゃんいつもありがとな。」


このムギとミック、見た目はチンピラだが、根は良いやつらのようで、街の妖達からかなり好かれている。

そうこうしているうちに事務所の前に到着したようだ。花園組の事務所は琥太郎達が通っているスポーツクラブのすぐ近くにあった。だから尚更琥太郎は花園組の連中の目についていたのだろう。

花園組の事務所は、一見すると歌舞伎町ではごくごく普通の雑居ビルのような建物に見えた。しかしその入口にはかなり強力な妖気が漂っている。


「兄さん、ここが事務所なんっすけど、兄さん達、ここ入れます? 普通の人間にはこの入口が見えてはいても認識されないようになっていて、それでも入ろうとすると普通は強い妖気に当てられて参っちゃうんすよ。」

「ああ、問題ないと思う。大丈夫だよ。」

「えっ、この妖気、相当強力そうだよ。」

「カミリさんにも妖気が直接触れないようにしとくんで大丈夫ですよ。」


そう言うと琥太郎はカミリさんを連れてそのままビルに入っていった。あれだけ強力だった妖気も、琥太郎達の周辺だけはドーム状に綺麗に妖気が晴れている。


「兄さん、さすがっすわ。こんな人間見た事ないっす。」

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