19_モヤモヤ

カミリさんは突然琥太郎に逃げろと言いながら、持っているカバンから何かを取り出した。そして取り出した何かを拳の中に握りしめ、その拳を先ほどの2匹の妖に向けて突き出す。


「אוני בחוץ, לך לשם」


カミリさんが握った拳を妖に向けて何かを呟くと、カミリさんの拳からモヤモヤとした霊気が出て、カミリさんと琥太郎の前に広がった。そこで先ほどの妖2匹が、今度は琥太郎ではなくカミリさんに向けて妖気弾を放ってきた。


「危ない!」


琥太郎は咄嗟にカミリさんに向けて打ち出された妖気弾をはじこうとするも、その妖気弾はカミリさんの霊気のモヤに入ると速度を落としながら霧散して消えてしまった。


「えぇっ~?!」


琥太郎が驚いてカミリさんの方を見ると、カミリさんも驚いた顔で琥太郎を見ている。


「琥太郎君、もしかして何か見えてる?」

「カミリさんこそ、何か見えてますよね?」


琥太郎とカミリさんが顔を見合わせていると、今攻撃してきた2匹の鬼とは別に、更に2匹の妖がやってきた。後からやってきたのは人間と同じスーツを着た、犬と鼠の妖だ。

それら総勢4匹の妖達が殺意のこもった目でこちらを睨んでいる。


「とっ、とにかく琥太郎君、ここから逃げるわよ!」


カミリさんが妖に向けて握っている右の拳と反対の左手で琥太郎の腕を引っ張る。


「カミリさん、俺、あいつらが、なんで俺達にからんでくるのか聞いてきますね。」

「ちょっ、ちょっと、何言ってるの!」


カミリさんが琥太郎の腕を引っ張りながら慌てて何か言っているが、琥太郎は気にせず、こちらを睨んでいる妖達の方に歩き出した。


「ちょっ、ちょっと、琥太郎君! 私、さすがに琥太郎君の事を守りきれないかもしれないわよ。」

「たぶん大丈夫ですよ、あいつらは俺が相手にするんで問題ないです。ただ、カミリさん1人になっちゃうと危ないかもしれないんで、申し訳ないんですけどカミリさんも一緒についてきてもらえますか? その方が安全だと思うんで。それと、その握ってる拳も、よくわからないけど大変だったら解除して大丈夫ですよ。」

「えぇっ?! もうさっきから何言いだしてるの!」


妖に向かって歩いていく琥太郎を見てカミリさんが慌てていたが、琥太郎は気にせず妖の方へと進んだ。カミリさんも訳がわからないまま、どうする事も出来ずに仕方なく琥太郎についていく。右手は引き続き拳を握って妖達に向けているが、左手は琥太郎のTシャツの背中を掴んでいた。

妖達は、突然自分達の方へ平然と歩いてくる琥太郎を見て一瞬呆気にとられていたが、そのうちに2匹の鬼達が前に出てきた。肩には其々こん棒を担いでいる。

琥太郎はその鬼の前までくると立ち止まり、前に出てきた2匹の鬼と、後ろにいる犬と鼠の妖をじっと観察する。


「なんだこいつ、俺たちが見えてるのか。」


前に出ていた鬼の片方がつぶやいた。


「お前ら突然攻撃してきて、何か用なの。別にお前らが普段何してようと構わないけど、俺や俺の友人に危害を加えようとするなら容赦しないよ。」

「はぁ? お前バカなの。女の前でいい恰好してぇのはわかるけどよ、ちったあ状況を考えろよ。」


前に出ていた鬼のもう片方がそう言うと、肩に担いでいたこん棒を振り下ろして、琥太郎の前の地面に叩きつける。こん棒が叩きつけられた地面は、敷き詰められていたコンクリートのブロックが砕けて30cmほどの穴が開いた。平然としている琥太郎を威嚇しているようだ。少し離れたところを歩いていた通行人が一瞬音に驚いてチラリとこちらを見たが、特に気にする事もなく歩き去っていった。やはり都会の人々は他人に無関心だ。


「はぁ、まったく…」


琥太郎は地面に開いた穴を一瞥して小さくため息をつくと、こん棒を振り下ろした鬼が纏っている妖気に力を加えて、その鬼を地面にねじ伏せた。


「ふぐっ」

「このやろう!」


隣にいた鬼がそれを見て琥太郎に掴みかかろうとしてきたが、そちらの鬼も琥太郎は瞬時にねじ伏せる。今度は先にねじ伏せた鬼の上だ。


「うぎゃぁっ」

「てめぇっ、何してやがる!」


前に出た2匹の鬼が地面にねじ伏せられてもがいているのを見て、後ろにいた犬と鼠の妖が同時に琥太郎に殴り掛かってきた。琥太郎は殴り掛かってきた2匹も、先にねじ伏せていた2匹の鬼の上に積み重ねてねじ伏せる。最初に地面にねじ伏せられて1番下になっている鬼は、琥太郎の力に他の妖の重さまで加わり、声も出せずに右手の平で地面を叩いている。どうやらタップの意志表示のようだが琥太郎は放っておく。


「ねぇ、もう1度聞くけど、俺に何か用なの? 少なくとも俺はお前らの事知らないんだけど。」

「うがっ、てっ、てめぇっ、こんなことしてただで済むと思ってんのか!」


積み重ねた一番上にねじ伏せられている犬の妖が琥太郎に向かって怒鳴っている。


「あのさぁ…」

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