18_カミリさん

 琥太郎は小学生の頃、母親の奨めでスイミングスクールに通っていた。もともと人間の友達がいなくて、能力を封印されてからは引きこもりがちだった琥太郎を心配して、なかば強引に母親に通わされていたのだ。その後、中学と高校は水泳をはなれて陸上部で長距離を走っていたが、大学ではトライアスロンのサークルに入って再び泳いだ。子供の頃は特に水泳が好きだったわけではないが、もともと体を動かす事が好きだったのと、子供の頃から身に着けた技術もあり、大人になった今ではのんびり気ままにプールで泳ぐのが気持ち良いと感じる。そんな琥太郎は、会社から近い歌舞伎町の奥にあるスポーツクラブの会員になっていて、仕事終わりに週1~2回泳ぎに行っていた。


 スポーツクラブに到着して、着替えてプールに行くと、プールの常連さんのカミリさんが泳ぎ終わって帰るところだった。


「カミリさん、もう上がりですか?」

「あっ、琥太郎君! うん、今日は疲れてるから、もうお風呂に入って帰ろうかなと思って。あれっ、なんか琥太郎君ちょっと雰囲気変わった?」

「いや、別に髪切ったりとかもしてないですけど。もしかしてお盆休みで太ったのかな?!」

「あはははは。じゃあ、しっかり泳がないとダメね!」

「えっ、それ、ちょっとショックです。」

「頑張ってね~ じゃあね~」

「カミリさんもお疲れ様です!」


カミリさんはフィリピン人の女性で、年齢はもちろん尋ねた事はないが、おそらく琥太郎よりも少し年上だと思う。本名はカミールというらしいが、フィリピンでの愛称がカミリだったので日本でもまわりにはカミリと呼んでと言っていた。フィリピンとの貿易関係の会社に勤めているらいしい。

琥太郎は、競泳の成績は特別良かったわけではないが、それでもトライアスロンを含めて競技として泳いでいたので、スポーツクラブのプールの中ではかなり上手い部類に入る。そのため、プールでよく会う常連さんからは時々泳ぎ方のアドバイスを求められたりもした。カミリさんもそんな感じでプールで会うと結構話をするようになった1人だ。

 その後琥太郎も30分ほど泳いで更衣室を出ると、先ほどのカミリさんもちょうど更衣室から出てくるところだった。


「あれっカミリさん、また会いましたね。」

「えっ、琥太郎君、ちょっと早くない?ちゃんと泳いできた?笑」

「もちろんですよ。結構泳いできましたよ! って事にしてください。ははは。」


 カミリさんはスポーツクラブから徒歩圏内に住んでいるらしいのだが、今日はこのあと歌舞伎町の安売り量販店ドンドンドンドンキに買い物に行くという。琥太郎も部屋には歌舞伎町を抜けて帰れるので、カミリさんとドンドンドンドンキまでは一緒に自転車を押して歩いて行く事にした。

 カミリさんとたわいもない話をしながら歌舞伎町を歩いていると、歌舞伎町にはやたらと妖が多い事に気が付く。

人の姿をして人込みに紛れている妖や、人には見えない姿でうろついていたり、ビルの隙間で佇んだりしている妖など、とにかくそこかしこにいろんな妖がいてさまざまな妖気を放っている。歌舞伎町のちょっと怪しげな独特の雰囲気というのは、こうした大量の妖の影響もあるのかもしれない。再び妖が見えるようになった琥太郎には、見慣れた歌舞伎町の景色もあらためて新鮮に映った。

 そんな中、そこいらに大量に漂う妖気の中に邪気や怒気をはらんだいくつかの妖気が琥太郎に向けられているのを感じ取った。更にそれらの妖気を放つ妖が2匹ほど琥太郎達の後をついてきているようだ。そのうちに、それらの1匹の妖から琥太郎に向けて、悪意をはらんだ妖気弾が飛んできた。


「「……鬱陶しいな…」」


琥太郎は妖気弾が自分に当たる事がないのは判っている.。隣を歩くカミリさんの方に妖気弾を弾かないようにだけ気を付けながら、何も気にする素振りを見せずに歩き続けた。飛んできた妖気弾が琥太郎に当たる直前に上空に弾きとばされると、隣にいたカミリさんがビクッとしてキョロキョロと辺りを見回している。


「カミリさんどうしたんですか。」

「えっ、今何か………」


「「……直接攻撃されたりして当たらない限り、普通の人が妖気の気配を感じ取れる事は無いと思うんだけど…、カミリさんは今のを何か感じ取ったのか…?」」


琥太郎がカミリさんが妖気弾に反応した事を不思議に思っていると、琥太郎の背後10m位離れたから場所から更に追撃の妖気弾が放たれた。

琥太郎はその追撃弾を再度上空に弾きながら、後ろを振り返る。すると妖気弾を飛ばしてきていたのは、2匹の小柄な鬼だった。琥太郎がそちらに向かおうとすると隣にいたカミリさんが突然叫んだ。


「琥太郎君! このまま走って逃げて!」

「えっ?」

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