17_遠距離

風音さんは琥太郎の方をまっすぐ向いて、しっかりと琥太郎の目を見つめている。


「えっ、まあ毎日とかでなければ別にいいけど。だけど、どこでやるの?」

「う~ん、普段なら自宅から近い、多摩川土手の府中の森ってところなんかでタープを張ってこっそり練習してたりするんですけど、ダディを顕現させるとなると、そこじゃちょっと人が多いんですよね。それにこの時期はちょっと暑すぎるし。」

「あぁ、俺も府中の森って行った事ある。あそこ、東京ではめずらしく焚火OKなんだよね。だから何度か一人で焚火しに行った。」

「そうなんですよ。だけど一人で焚火って、琥太郎先輩も「ぼっち好き」だったとは新たな発見です。」

「ぼっち好きって…。でもたしかにそう言われてみると、一人で行動するのにあまり抵抗ないし、一人で行動するのって気楽で結構好きかも。子供の頃に人間の友達がいなかったし、その影響もあるのかなぁ。」

「子供の頃は私が毎日琥太郎と遊んでた。だから琥太郎は一人じゃなかった。」


美澪の頭を、ありがとうと言いながらよしよしと撫でておく。美澪も琥太郎に撫でられるのは嫌いでないようだ。原因はともかく、たしかに周りに気遣いながら複数人で行動するよりも、一人の方が気楽だと感じている事が多いのは間違いない。


「琥太郎先輩、ちょっと遠いけど本栖湖のキャンプ場とかどうでしょう。標高が1000メートル近くあるから涼しいし、人は多いんですけど、水場から離れた隅の方なら結構空いてるし目立たないんです。」

「本栖湖か。ちょっと遠いけど行ってみようかな。美澪もいいでしょ。」

「うん、行ってみたい!私、そんなに遠いところまで出かけた事ないもん。」


というわけで、さっそく今週末の土曜日に日帰りで本栖湖キャンプ場に出かける約束をして、この日の居酒屋ミーティングはお開きとなった。




 翌日は琥太郎が仕事に行っている間、美澪には自宅で留守番してもらう事にした。美澪に会社についてこられたのではどうにも仕事に集中できない。昨晩帰宅後にその事を美澪に伝えたのだが、美澪は琥太郎と一緒がいいと言ってなかなか受け入れなかった。そこで、普段ゲームはやらない琥太郎ではあるが、自宅のデスクトップPCで格闘ゲームをダウンロードして美澪にやらせてみたところ、思惑どおり(?)美澪が大はまりしてくれた。美澪は明け方までゲームを続けていたらしく、今朝は琥太郎が起きても美澪はまだ布団の中だった。琥太郎が朝の準備を終えて家を出る時に美澪に声をかけると、美澪はもぞもぞと起きだして、そのままPCの前に座ってPCを立ち上げていた。今日は留守番して格闘ゲームを続けるらしい。おかげで琥太郎は、無事一人で会社に出社出来る事になった。


  会社に到着すると、既に席についていた風音さんが琥太郎に半ベソ顔で泣きついてきた。


「琥太郎先輩! ダディが消えちゃいました。」


風音さんの話では、ダディさんに部屋で留守番をお願いして家を出て、最寄りの分倍河原駅に行くまでは何も問題無かったとの事。分倍河原駅というのは京王線の駅で、新宿から特急で30分位の場所だ。その分倍河原駅から電車に乗っていると、急激にダディさんを顕現させ続けるのに必要な霊力が増えてきたというのだ。それでもなんとか新宿まではダディさんを顕現させ続けていたらしいのだが、京王線の新宿駅を出たところで一瞬気が緩んだ瞬間に、必要な霊力が途切れてダディさんが消えてしまったらしい。どうやら顕現させている式神との距離が離れるに従って、必要な霊力が増えるようだ。


「琥太郎先輩~、またダディに出てきてもらうの手伝ってください!」

「えぇっ、まあいいけど。今ここじゃまずそうだから、仕事終わってからね。」

「ありがとうございます!」


またダディさんを顕現させてもらえるとわかって安心した風音さんは、その後は昨晩の居酒屋ミーティングの帰りの事を嬉しそうに話してくれた。帰りの混雑した電車でダディさんが風音さんを守るように立ってくれていたとか、帰り道は風音さんの荷物を持ってくれたとか。ダディさんの事を知らずに話だけ聞いていると、なんだかほとんど惚気話のように聞こえる。これも風音さんの理想のイメージなのか、どうやらダディさんめちゃめちゃジェントルマンであるらしい。


この日は昨日のようなドタバタやトラブルもなく、無事に終業時間を迎える事が出来た。琥太郎は自転車を押しながら風音さんと一緒に新宿駅方面へと歩き、途中通過する西新宿の高層ビル街の陰で、風音さんがダディさんを顕現させるのを手伝った。ダディさんを顕現させた風音さんは嬉しそうに、


「琥太郎先輩、ありがとうございます!これで今夜もまたダディと一緒に過ごせます。」


風音さんの話では、小さなベレーさん達と違って、ダディさんを顕現させ続けるにはより多くの霊力が必要になるらしい。そのため、ダディさんを長時間顕現させ続けているだけで風音さんにとっては良い訓練になるとの事だった。

その後は風音さん達と歩きながら軽く話をして、新宿駅近く風音さん達と別れた。


「さてと、久しぶりにちょっと泳いで帰ろうかな。」


琥太郎はお盆休みから行ってなかったスポーツクラブに向かった。


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