11_和解
「ベレーさんっ、ベレーさんっ、心配したよっ~ うぇ~んっ」
風音さんは再び現れた大量のベレーさん達を目にすると、いわゆる女の子座りでペタンと座り込んで、またまた泣き出してしまった。
見渡す限り、廊下いっぱいにベレーさんが立っている。スペースがないため、まるで満員電車に押し込まれたサラリーマンのようだ。風音さんが女の子座りで床に座り込む瞬間、その周りのベレーさん達は一斉に後ろに下がりギリギリでスペースをあけていた。今、風音さんに手が届く位置に立っているベレーさん達は、無表情のまま風音さんの体を触ってヨシヨシといった感じで撫でている。その他のベレーさんは風音さんの方に体を向けて、やはり無表情のままじっと風音さんを見上げている。
「ちょっと風音さん、これ早くなんとかしないと! 他の人に見られても大変だよ。」
「はっ、はい…、でも、それは大丈夫です。今のベレーさん達には普通の人に見えるようになる霊力は込めてないので、誰かがここに来てもベレーさん達の事は見えないはずです。」
「普通の人にも見える式神って、込める霊力の種類が違うって事?」
「違う種類というか、式神を顕現させる時に、見えるようにするための霊力も一緒に混ぜ込むといったイメージで私はやってます。その時は、祝詞も可視化用にちょっと違うものを唱えます。結構難しい技術だとされてはいるんですけど、なぜか私はこれが出来ちゃったんですよね。顕現する式神はとっても弱いのに…。可視化が出来た時は、お父さんもお兄ちゃんも驚いて、とっても褒めてくれたんですけど、同時に物凄く不思議がってました。こんなに弱い式神しか顕現させられないのに、どうして可視化が出来るんだろうって。」
式神を顕現させる際のゴニョゴニョ呪文が、いわゆる祝詞だったらしい。琥太郎としては可視化の話はとても興味深かった。以前から、人の目に見える妖と見えない妖の違いが解らず気になっていたからだ。しかし、今はその話をじっくり聞いている場合ではなさそうだ。
たしかに今の式神のベレーさん達は、美澪や同居中の幽霊の流伽と同じ見え方をしている。これなら普通の人の目には映らないだろう。しかし、廊下にぎゅうぎゅう詰めで琥太郎達も身動きが取れない状態では、ここに他の人が来るのはやはりまずい。
「「……可視化の方法とか可視化のための霊力とか、この話もっと聞きたいんだけど、ちょっと今はそんな場合じゃないもんなぁ…」」
「風音さん、風音さん、やっぱり俺たちまで身動きできないようなこの状態はまずいからさ、早くここをなんとかしようよ。それに、早く仕事に戻らないと怒られちゃうよ。」
「あっ、そうですね。たしかに… すみませんでした。」
そう言うと風音さんは自分を囲むように6か所を指定して、ベレーさん達を元の形代に戻し始めた。風音さんが指定した6か所に向かって、ベレーさん達が寸分たがわずに次々と飛び込んでいく。飛び込むと同時にベレーさん達は形代に戻り、風音さんが指定した6か所にはたちまち綺麗に揃えられた形代の束が出来ていく。
「ねえねえ美澪、風音さんの式神ってめちゃめちゃ弱かったけどさぁ、こんなに沢山の式神を、ここまで綺麗に統率して動かせるっていうのは見事じゃない?」
「うん、私も驚いた。あんなに言う事を聞いてくれる式神、私も欲しい。」
「いいよね、自分の式神。俺も20体くらい使役して、毎日全身マッサージしてほしいなぁ。」
美澪とくだらない会話を交わしているうちに、すぐに全てのベレーさんが形代に戻っていった。風音さんは自分の周りに出来上がった6束の形代を慣れた手つきでポシェットに戻し、廊下はすぐに片付いてしまった。
琥太郎は大急ぎで席に戻る。風音さんはトイレでメイクを直してから戻ることになった。幸いな事に上司や先輩は割と長い時間席を外していた事をまだ特に気にとめていなかったようだ。
しばらく仕事をこなしながら少し落ち着いたところで、風音さんを今日の仕事帰りに食事に誘ってみた。初めて目にした風音さんの陰陽術についていろいろ聞いてみたいのと、先程はあまり細かい事を考えずに自分の能力を伝えてしまったので、能力の事は口止めしておきたいと思ったからだ。いろいろと話しをしたいと思ったのはお互い様だったようで、風音さんも是非行きたいですと前のめりでOKしてくれた。
その後も美澪が上司のデスクに乗っていたクライアントの新商品サンプルに興味を示したり、琥太郎がクライアントからの電話をとって話している時に受話器に一緒に耳をつけて会話を盗み聞きしていたりと、なかなか琥太郎に集中して仕事をさせてくれかったが、どうにか定時を過ぎて会社を出る事が出来た。
「風音さん、いろいろと周りの人に聞かれたくない話もあるから、個室がある居酒屋の秋雨にしとこうか。」
「そうですね、周りの人には聞かせられない話がいっぱいありそうですね。それと私、鶏の炭火焼き食べたいです。」
居酒屋の秋雨には過去に何度か会社の人達と飲みに行った事がある。お店に向かう道すがら、琥太郎はあらためて美澪を風音さんに紹介した。
「風音さん、今朝も話したけどさ、美澪は幼馴染で悪い妖じゃないから、もう攻撃したりしないでくれると助かるんだけど。」
「はい、悪い妖じゃなければ、攻撃したりなんかしないですよ。今朝は私の早とちりで美澪ちゃんが琥太郎先輩に取りついてると思っちゃったから攻撃しちゃっただけです。美澪ちゃんには全く通用しなかったけど…。美澪ちゃんも私の勘違いで突然攻撃なんかしちゃってごめんなさい。」
「美澪も風音さんは勘違いしてただけみたいだから、これからは仲良く出来るよね。」
「仲良く出来るかどうかはわからないけど、陰陽師が攻撃してこなければ私から仕掛ける事はないよ。」
「俺としては早く仲良くなってくれると嬉しいんだけどなぁ。風音さんも美澪の事よろしくね。」
「はい。美澪ちゃん、こちらこそよろしくお願いします。」
「「美澪」でいいよ。同い年なのに子供扱いされてるみたいだから「ちゃん」はいらない。」
「じゃあ美澪、よろしくね。」
美澪は風音さんを見ながら無言で頷いた。
美澪と風音さんが争わないでくれそうなのを確認したあたりで、琥太郎達は秋雨に到着した。
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