10_陰陽術

 我に返って話しかけてきた風音さんを見ると、半べそだったのではなく、本当に泣いちゃってたらしい。目元のメイクが崩れて酷い顔になっている。


「うん、彼女の事は見えてるし、緑のジャージを着た小人達も見えてたよ。いろいろあって、昨日からまたそういうのが見えるようになったんだ。彼女は幼馴染の美澪。突然勝手に連れてきちゃってごめんなさい。えーと、会社の人達には妖を連れてきたって内緒にしてくれないかなぁ…」

「昨日から見えるようになったのに幼馴染なんですか?」


アイメイクが涙で流れて目元が黒くなったまま、その目をパチクリさせて風音さんが聞いてきた。確かに、昨日から妖怪が見えるようになったのに幼馴染というのではおかしな話になってしまう。


「あぁ、詳しく話してなかったけど、前に風音さんに子供の頃に妖とか霊とか見た事があるって話をした事があったでしょ。俺、子供の頃、幼稚園を卒園する位まではそういうのがずっと見えてたんだ。だけど親父とお袋がそれを心配して、小学校入学前に神社に連れていかれて能力を封印されちゃってたんだよ。昨日突然その封印が解けたみたいで、また元どおり見えるようになったんだ。」

「じゃあ琥太郎先輩は彼女に、えーと美澪ちゃんでしたか。美澪ちゃんに取り憑かれてる訳じゃないんですね。」

「うん、まあそういうのとは違うと思うよ。」


どうやら風音さんは琥太郎の背中に張り付いていた美澪を見て、琥太郎が美澪に取り憑かれてしまっていると思ったらしい。


「ちょっと琥太郎! 違うと「思う」って何よ。ちゃんと婚約までしてるのに何失礼な事言ってるの!」

「こっ、婚約?! 琥太郎先輩、こんな子供と婚約したんですか!」

「子供じゃないもんっ!」


横で美澪がいろいろと憤慨している。


「え~と、美澪は俺の1つ年下だから、風音さんと同い年って事になると思う。それで、婚約っていうのは子供の頃に約束したっていうか、その…」

「うん、琥太郎とはちゃんと婚約してるんだよ。昨日もその事を琥太郎に確認したし。夜だってもう一緒に寝てるよ。」

「えーっ! 琥太郎先輩、いくら美澪ちゃんが私と同い年とはいえ、なんていうか見た目はやっぱり子供みたいだし…、それなのに一緒に寝てるとか…。なんか琥太郎先輩がっかりです!琥太郎先輩不潔です!」

「いやっ、それは違うっていうか、違ってないけど誤解っていうか…、とにかくそういうのじゃないんだってば!」


 咄嗟に言い訳というか、うまく状況説明も出来ないので、琥太郎はとにかく話題を変える事にした。


「そんな事より、風音さんはどうして泣いてたの?」

「えっ、あっ、そうだ! だって、大変な事になっちゃったんです。式神のベレーさん達が出てきてくれなくなっちゃったんです! ずっとずっと練習してたのに…、 落ちこぼれの私が出来る術の中で、唯一お兄ちゃんが凄いって褒めてくれた術なのに…、 どうしよう…」


グスッ


琥太郎が美澪と婚約して一緒に寝ているというのを聞いて、ジト目で琥太郎を睨んでいた風音さんだが、先ほどまでのショックを思い出したようで再び泣き出してしまった。


「ねっ、ねえ風音さん、ベレーさんって緑色のジャージを着てたスキンヘッドの小人の事?」

「はい。少しでも強そうな名前にしたいと思って、式神さん達の集団をグリーンベレーズって名づけました。みんなに緑色のベレー帽を被らせるみたいな細かい芸当は私には出来ないので、とりあえず着ている服を緑色にしてみたんです。一人一人に別々の名前をつけて覚えたり見分けたりは出来ないので、個別に名前を呼ぶ時はみんなベレーさんです。だけど、そのベレーさん達が、さっき突然出てきてくれなくなっちゃったんです。」


「「……ベレー帽はかぶってないけどグリーンベレーでベレーさんって、なんかいろいろ無理があると思うんだけど…」」


「風音さん、それ大丈夫だよ。ごめんね。さっきその…、ベレーさんが出てこなかったのは俺のせいだから。」

「えっ、なんですか、それ…」


 琥太郎は、自分が妖を見る事が出来るだけでなく、妖や人の「気」も見える事、更にその「気」を操作する事が出来るといった事を風音さんに伝えた。そのうえで、先ほどは風音さんの「気」を散らして、形代に風音さんの「霊気」が届かないようにしたためにベレーさんが出てこなかったのだと説明した。風音さんは琥太郎の話をすぐには呑み込めないようで、なんだか目をパチクリさせている。


「だからね風音さん、ベレーさん達の事は本当に大丈夫なはずだから、もう一度試してみてよ。」

「あっ、はい…、ฉันจะร่ายคาถา」


ボボボボボボボッ、ボボーンッ


風音さんが再びゴニョゴニョ呪文を呟くと、先ほど風音さんが繰り返し繰り返し大量に廊下にバラ撒いた形代が、一斉にスキンヘッドの緑ジャージ小人に変化した。


「うわぁあああ、風音さん駄目だよこれ、多すぎるよ!大変だよ!!」

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