9_軍団
振り返ると風音さんが廊下に立っていた。そして風音さんは、いつも斜め掛けで肩にかけている小さなポシェットに手を入れると、紙吹雪のような物を廊下にばらまいた。
「ฉันจะร่ายคาถา」
直後に何かゴニョゴニョと呟いたかと思うと、風音さんの全身から眩しく光るように「霊気」が噴出した。その「霊気」が廊下いっぱいに膨らんでバラまかれた紙吹雪に触れた途端、バラ撒かれた紙吹雪は全て30cmくらいの小人に変身した。その数はざっと100人位はいるのではないだろうか。
「うわっ、風音さん!いったい何これ、何やってるの?!?!」
風音さんにいつものニコニコ笑顔はなく、ちょっと怖い顔でこちらを睨んでいる。そして彼女の前には、上下緑色の体育着のような長袖ジャージに身を包んだ小人達が、長距離走のスタートのような姿勢をとって狭い会社の廊下を埋め尽くすように並んでいる。髪型は何故かみんなハゲならぬスキンヘッドだ。
琥太郎の背中にしがみついていた美澪は琥太郎を守るかのように琥太郎の前に立ち、突然現れた100人ほどの奇妙なスキンヘッドの緑ジャージ小人軍団を注視している。そこで風音さんが緑ジャージ小人軍団に声をかけた。
「みんな、頑張ってあの妖をやっつけて!」
「「「「「 うぉ~! 」」」」
風音さんが軍団に声をかけると、緑ジャージ小人軍団は雄たけびをあげて一斉にこちらに向かって走りだした。同時に闘気を帯びた強い妖気が美澪の体から溢れだすのが琥太郎の目に入る。美澪がやる気だ。
「「……うわっ、ここで美澪が本気で攻撃なんてしたら会社がめちゃめちゃになっちゃうよ!」」
とりあえず美澪が攻撃するのを止めようと、琥太郎が美澪の肩に手をかける。とその時、美澪に近づいてきた緑ジャージを着た小人達がシュボッ、シュボッと小さな音をたてて次々消滅していった。
まだ美澪は何もしていない。「気」が見えて感じられる琥太郎は、もしも美澪が何かしら攻撃を仕掛ければ、美澪の「気」の動きや変化で美澪が攻撃した事にすぐ気付く。しかし今の美澪は、まだ明らかに何もしていなかった。
小人達をよく見てみると、小人達は美澪から溢れ出た妖気に触れると同時に消滅してしまっているようだ。どうやら小人達が美澪の妖気に触れると、その強い妖気に耐え切れずに消滅してしまうらしい。それを見た美澪も困惑した様子で琥太郎の方に視線を向けてきた。
「琥太郎、これ、どうしようか…」
困惑して戦う気が少し削がれた美澪から、溢れ出る妖気の量が減った。すると今まで美澪から離れたところで消滅していた小人達が少しづつ美澪に近づけるようになる。そしてついに美澪の手の届く範囲にまで来た。美澪はしゃがんでその小人達を見る。そして、その中の1人の小人のツルツル頭を指で軽く払った。すると、美澪の指に払われた小人は後ろに飛ばされて他の小人達に衝突した。
シュボボボボッ
払われた小人とその小人に衝突された小人達数人が一斉に消滅した。続けて美澪が他の小人達もまとめて手で払うと、もともと100人ほどいた緑ジャージ小人軍団はたちまち全て消滅してしまった。
「うわぁ、ちょっ、ちょっと、みんなぁ~」
風音さんが慌てながら再び斜め掛けにしたポシェットから紙吹雪を出して床に撒く。
それを見た琥太郎も慌てて止めに入る。
「ちょっと風音さんっ、落ち着いて!」
しかし風音さんは琥太郎の声が耳に入らないようで、再び先ほどの呪文のようなゴニョゴニョを呟く。
「ฉันจะร่ายคาถา」
その瞬間、風音さんの全身から光るように「霊気」が噴出したが、先ほどのように廊下いっぱいに膨らむ事はなかった。琥太郎が風音さんから溢れ出た「霊気」を咄嗟に全て散らしてしまったのだ。今度は風音さんの撒いた紙吹雪には何も起こらない。
「えっ、えっ、あれっ? ฉันจะร่ายคาถา! ฉันจะร่ายคาถา!」
大慌ての風音さんが立て続けにゴニョゴニョ呪文を呟きながら、ポシェットの紙吹雪を床に撒いていく。ゴニョゴニョ呪文を呟くたびに風音さんの体から「霊気」が噴出するものの、その「霊気」は全て琥太郎に散らされて、紙吹雪には何も起こらない。
「えっ、なんで~、ベレーさんっ、ベレーさ~ん!」
風音さんはなんだか変な名前を時折呼びながらゴニョゴニョ呪文の詠唱と紙吹雪散布を繰り返す。しかし、一向に緑ジャージ小人に変身せずに床に積もっていく紙吹雪を見て、ついに風音さんがゴニョゴニョ呪文と紙吹雪散布をやめた。呆然と廊下に立ち尽くす風音さんの目は既に涙目だ。
「ちょっと風音さん、大丈夫だからもう落ち着いて。あ~あ、これ片づけなきゃ。」
風音さんが呆然と廊下に立ち尽くしているのを見て、琥太郎は風音さんの撒いた紙吹雪を拾い始めた。紙吹雪は近くで見ると人型をしている。どうやら漫画やアニメで見た事のある、陰陽師の使う形代のようだ。そして先ほど風音さんが繰り返していたゴニョゴニョ呪文によって、形代に霊力を込めて緑ジャージ小人に変化させていたらしい。漫画やアニメで見た形代はたしか手のひらサイズ位だったように思う。しかし風音さんのは1枚が2cm位しかない超小型だ。それが目の前の廊下いっぱいに数百枚はバラまかれている。
「ねえ、美澪もこれ拾うの手伝ってよ。」
「え~、嫌だよ。だってそれ、なんか気持ち悪いもん。そんなの散らかした本人に言ってよ。」
「そう言わずにさぁ…、別にこれ、美澪に害は無いでしょ。」
風音さんがゴニョゴニョ呪文を詠唱した際に発する「霊気」を琥太郎が散らしてしまったため、形代に霊力はまだ込められていない。とはいえ、風音さんが作ったと思われる形代には僅かに風音さんの「気」が残っている。陰陽師の家系で陰陽師の修行もしていた風音さんの「気」が、妖怪である美澪には気持ち悪く感じるのだろう。
琥太郎が美澪を説得しながら床の形代を片づけていると、半べそで呆然と立ち尽くしていた風音さんが我に返ったように琥太郎に話しかけてきた。
「えっ、琥太郎先輩、その妖が見えるんですか? もしかして、ベレーさん達も見えてました?」
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