5_約束

 人間の女の子の姿に戻った美澪と一緒に近所の定食屋で夕飯を食べた帰り、久しぶりに会った美澪といろいろ話もしたくて少し散歩して帰る事にした。

 ちなみに定食屋では柱の陰になる席で美澪も一緒に食事をした。そもそも妖は、わざわざ人の食べ物を食べなくても問題はない。しかし美澪は幼い頃から琥太郎が食べるものを一緒に食べたがり、よく一緒におやつなどを食べていた。

 住宅街を通って少し坂を下ると神田川が流れている。この神田川沿いの遊歩道からは、西新宿の高層ビル街の夜景も見えて、琥太郎のお気に入りの散歩コースの一つだ。川沿いのススキがだいぶ伸びて、夜風にあたり柔らかに揺れていた。昼間のうだるような暑さも今は落ち着いて、頬に当たる穏やかな風が心地よい。


「琥太郎がまた私の事を見えるようになったって、早く十兵衛爺ちゃんに伝えたいなぁ。いつも爺ちゃんにはね、私は琥太郎と結婚するんだって言ってたの。」

「へっ?」


思わず変な声が出た。慌てて周囲に他の人がいないかキョロキョロと確認する。まわりの人間からは美澪の姿が見えていないため、琥太郎が美澪の言動にリアクションしてしまうと、周りから変な人だと思われてしまうからだ。幸い周囲には、琥太郎と美澪以外に人の姿は無かった。


「おっ、俺と結婚?!」

「そうだよ。えっ、まさか約束してたの忘れたの?」

「約束って幼い頃の? それは覚えてるけど…」


 幼い頃、「わたし琥太郎のおよめさんになる!」「ぼくも美澪とけっこんする!」みたいなやりとりが何度かあったのは確かに覚えている。だけど、それって4歳だか5歳の子供同士の会話だ。しかし美澪の中では、この時の約束が未だ活きているらしい。


「えっ、私と結婚するの嫌になっちゃったの?」

「いっ、いや、そういうわけじゃなくて…」

「ふふっ、よかった! あれっ、でもまさか彼女なんかいたりしないでしょうね?」

「いません。いないです。」

「じゃあ、何も問題無いね。」


 今彼女がいないのは本当だ。だけど、半年前に1年くらい付き合ってた彼女とわかれましたなんてとても言える雰囲気ではない。いや、この場合わざわざ言う必要もないだろう。


「だけど爺ちゃんはね、琥太郎の封印は相当強力そうだから、封印が解けて琥太郎が私とまた話しを出来るようになるかどうかなんてわからないぞって言うの。それでも私はね、絶対に封印が解けて前みたいに琥太郎とお話出来るようになるって言い続けてたんだ。もしも解けなかったら、私がもっともっと強くなって、琥太郎の封印なんて壊しちゃうつもりだったんだよ。だから毎日必死に鍛錬も続けてきたの。だけど私が壊さなくてもこうして琥太郎の封印が解けてくれて本当に良かった。だから爺ちゃんにも、私が言ったとおりになったでしょって早く伝えたいんだ。」


 20年近く美澪が自分の事を思い続けてくれていたというのは素直に嬉しい。美澪に対しては良い思い出しか持っていない。だから今でももちろん美澪の事は大好きだ。しかし、その大好きというのは幼い頃の大好きという気持ちだ。今あらためて結婚となるとさすがにそれはちょっと重たいし、すぐには考えられない。


「「……まぁ、今はあまり深く考えないようにするか…」」


「ねえ美澪、来月9月になれば連休があるから、そこで十兵衛爺ちゃんのところに一緒に報告に行こうか。」

「うんっ、行く! 楽しみだなぁ。」


 幼い頃お世話になった十兵衛爺ちゃんにはきちんと自分の口から封印が解けた事を伝えておきたい。昔一緒に遊んだ妖達にも会って話をしてみたい。しかし、琥太郎の能力の事を心配していた両親にはまだ伝えないでおく事にする。余計な心配をかけたくないというのもあるが、何よりまだ自分自身がこの能力の詳細や今後の能力との付き合い方を解っていない。しばらく様子を見て、もう少し落ち着いてから両親には伝える事にしよう。


「ねえ美澪、俺の能力の事はまだ親父とお袋には話さないでおこうと思うんだ。だけどそうすると、来月君津に行った時に実家に行っちゃうと、泊まっていく理由とか聞かれるのが面倒臭いんだけど、十兵衛爺ちゃんの道場にでも泊めてもらえないかなぁ。」

「全然大丈夫だよ。だけどそんな所で寝なくても、私の部屋に泊まればいいじゃん。ちょっと狭いけど、琥太郎一人位大丈夫だよ。」

「久しぶりに顔を出して、いきなり美澪の部屋に一緒に泊まるなんて、なんていうか、美澪は女の子だし…」

「何も問題ないよ。結婚するんだし。」

「えっ、え〜と、だけど…」

「もう、琥太郎は相変わらずゴニョゴニョとはっきりしないよね。細かい事を気にし過ぎなんだよ。」

「そうなのかなぁ。だけど…」

「もうっ、問題ないって言ってるでしょ!」


あっさりと美澪に押し切られた。


「「……まあ、妖の常識なんてものもよく判らないし、そこはまた君津に行った時にあらためて考えればいいか。」」


 その後も、当時一緒に遊んでいた妖の子供達の事や君津の最近の妖事情などを美澪に教えてもらいながら神田川沿いを歩いていた。すると、向かいから近所で時折見かける1人の女性が歩いてきた。

年齢は35歳くらい。

身長は165cm近くあるだろうか。

すらりと伸びた長い脚、大きく張り出した大き目の丸いお尻、対照的に折れそうな位細くびれたウエスト。さらに上に行くと、大きく開いたVネックのシャツの胸元から、白く艶やかな双丘が窮屈そうに顔を覗かせている。

緩いウェーブのかかった長くて綺麗な髪が僅かにその双丘にかかり、艶やかさを更に際立たせていた。

 凶悪なまでに女性の色香を漂わせながらこちらに向かって歩いてくるこの女性と話をした事はない。しかし、すれ違う時にお互い軽く会釈するくらいの顔見知りにはなっていた。いつものように軽く会釈してすれ違おうと思ったが、琥太郎はそこである事に気が付いた。


「「……この人って妖だったんだ。」」


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